シマダイ! - あの日の しゃーたれっ子 -
ここでようやく胡座をかいていた中学生が立ち上がった。遠目からではあまり分からなかったが、とんでもないデカさだ。上背もあるにはあったが何よりもそのガタイが凄かった。
土管が起き上がったかのような巨体。中学の制服を来たオッサンがそこに立っていた。
「そうじゃ、学生服なんか着て仮装大賞かオッサン!」
「おい靖、こいつめっちゃムカツクけど、別にしばいてもええやろ? それともアレか? お前のツレなんか?」
「ツ、ツレなんかとちゃうわ! 兄ちゃんの好きにしたらええ。ワエには関係ない、知らんわ」
マッツンはそう言い残し、振り返りもせずに帰っていった。
「ちょー待てやマッツン! まだ話が……うごっ!!」
一瞬背中が爆発したのかと思う程の痛みと衝撃を受け、俺は前のめりに吹っ飛ばされた。オッサンの丸太のような足から不意に繰り出されたひと蹴り。
何とか膝をついて地べたに這いつくばるのだけは回避した俺だったが、今更ながらにツヨっさんが言っていた『相手が悪すぎる』という言葉の意味を一向に引かない痛みと共に噛み締めていた。
「――なるほど、こりゃぁーキツイわ」
「何をブツクサ言っとんじゃクソチビーー!」
そりゃアンタに比べれば誰だってクソチビだろうと思いながら、ガードする腕ごと二撃目の蹴りを後頭部に喰らった。
「ワエは野球部のエースだでな。大会前に手ぇ使いたねえし、おめえみたいなショベー奴、足だけで充分だっちゃ」
腹、膝、尻……。執拗に蹴られながらも反撃の糸口を探す……いやいや、相手は中学生。そんなに甘ないわ。
何十回と蹴られズタボロにされながら、唯一今の俺に出来ることを閃いた。
絶対に泣いてやらない。
悔しくて溢れそうになる涙を拳の裏で何度も押さえつけ、俺はギリリと奥歯を鳴らした。
ツヨっさんゴメンな……、たまにはちゃんとツレの言うこと……聞いとけばよかったな。
マッツンもゴメンな……、ほんまに俺……お前を笑かしちゃりたかったんやけど。
あ、そうそう……ドマソンもだ。せっかく一緒に城咲中のてっぺん取ろうって誘ってくれたけど、俺はこの程度だったみたいやわ。
何か痛いのか痛くないのかも、わからんくなってきたな。え?そんな怒んなやドマソン……。なんかアンタの声妙にリアルで笑けてくるっちゃ……。
「……ダイ、……マダイ!」
……? へへへ、ほんまリアルやなぁ。
「シマダイしっかりせぇ! ワエや、ドマソンや」
「マジかぁー、ホンマもんやったんかドマソン。っちゅうか、自分で自分のことドマソンて……へへ」
「あはぁー! しゃーたれ言うてる場合か。まあええ、そんな口がきけてたらまだ大丈夫やな。とにかく立て、ちゃんと自分の足でな」
「あいかわらずスパルタやなアンタは。けど、全然こんなもん平気やけどな」
俺は精一杯の痩せ我慢をしながら、感覚が戻りジンジンと痛みだした両足を踏ん張り立ち上がった。
「ところでドマソン、なんでここにおるん?」
「あ? さっき駅前で偶然両手に花のモテモテ垣谷に頼まれたんや。やっぱワエ、アイツは好かん」
「ハハハ、納得」
「おぇーーーーーーーー!!クソチビ二人!! いつまでワエをスルーしとんじゃボケーー!」
あ、オッサンのこと、すっかり忘れとった。
「シマダイ、おめぇ取りあえずウラホソの店ん中入れ」
「え?」
「おめぇクソボロ過ぎて目立つし邪魔なんだわいや。ここはワエに任せてとにかく行け!」
「いやちょっと待てドマソン、相手はあのバケモンやぞ。それに、アイツが素直に通してくれるわけないやんか」
自分がこれ以上ここにいても足でまといにしかならないのはわかる。邪魔だっていうのがドマソンの優しさだってこともちゃんと……でも。
すると、ドマソンが両手を目一杯に広げ、見覚えのある格好になった。このポーズの後に聞こえてくるのは勿論あのセリフだ。
「キンコンカンコンキンコンカンコン! シマダイ、ワエが踏切だって事おめえが一番よう知っとるだらぁーが。こっから中には誰にも入らせへん」
「ド、ドマソン……」
「ほら、さっさと行けっちゃ。いつか言っとったやんけ、お前は汽車なんやろ? キンコンカンコンキンコンカンコン……」
「あー! お前どっかで見たことあると思ったら、石川のお気に入りのヤクザのボンボンやんけ。ワエがそんなことでビビると思うなよ!」
「キンコンカンコンキンコンカンコン!」
踏切と化したドマソンは、オッサンを睨み据えながらひたすら呪文のように警報音を叫び続ける。一歩一歩ジリジリとオッサンに詰め寄りながら、とうとうウラホソの入口まで俺専用の線路を引いてくれた。
「今だっちゃ!」
ドマソンの声に背中を押され、俺はズルズルと脚を引きずりながらも何とかウラホソの店内に入り込んだ。ボコボコの俺を見てもお婆さんから特に反応はなかったが、『座り』と丸椅子を一つ貸してくれた。
「クソッ、やってくれたな」
オッサンがドマソンに話すのが聞こえる。この距離だから当たり前だが、ウラホソに入っても外の声は丸聞こえだった。
ドマソンのバカでかい警報音がさらに鳴り響いている。いくら裏通りといっても、これでは何事かと誰かが集まってくるのは時間の問題だ。
『チッ、めんどくさ』と捨て台詞を残して、オッサンは何処かに消えていった。ドマソンは、とうとう一切手を出すことなくオッサンを退けてしまった。
そして何事もなかったかのようにウラホソに入ってくると、『ええ話がある』とばかりに目を輝かせ俺に向かい話を切り出した。
「実はな、城中の頭言われとる三年の石川ヒロ君って、ワエんちの近所に住んでて昔から仲ええんや。ちょっと言っといたるわ、さっきの松浦ってデカイ奴シバイといてって」
「ドマソン!!」
「何だいや急に。ビックリするやんけ……」
「サンキューなドマソン、気持ちは嬉しいっちゃ。でも、こんだけボコボコにされてコケにされて、誰かに拭いてもらったケツに意味なんてあるんか?たとえ城中に乗り込んででも俺は自分の力でケリつけたるっちゃ」
「シマダイ……」
「うわっ」
ドマソンが、ムキムキの体で俺に抱きついてきた。正直暑苦しい……。
「スマン、シマダイ。俺は今、猛烈に感動している」
「なんやそれ? そのフレーズ、どっかの漫画で読んだ気がするぞ」
「さっきのは忘れてくれ。やっぱりおめえはワエが見込んだ男だけのことあるっちゃ。それに引きかえワエとしたことが……」
「いやいやドマソン、そこまで自分を責めんでも……。ん?まてよ……。そんなに言うならドマソン、やっぱその石川くんに一つだけ頼んどいてくれるか」
「おう、お安い御用や。そん代わり、城中行く時はちゃんとワエも連れてけよ!」
「ハハ……わかったわかったって。遊びに行くんとちゃうっちゅうのに」
オッサンから受けた身体の痛みが癒えた頃、どうしてもと引かないツヨっさんとドマソンを伴って俺は城咲中学校へと向かった。
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作品名:シマダイ! - あの日の しゃーたれっ子 - 作家名:daima