シマダイ! - あの日の しゃーたれっ子 -
S#10 「ヨー君」…菱村 陽一郎
創業百二十年、江戸安政期から続き数々の文豪に愛された純日本旅館、菱村屋。そして、百を越す客室と五万坪の森林庭園、プールと結婚式場をも併せ持つ、菱村屋城咲グランドホテル。
この双方を経営する傍ら、城咲町長として町政に手腕を振るい、また城咲小学校保護者会「愛城会」の長でもある菱村社長の跡取りにして一人息子……それが菱村 陽一郎、通称ヨー君その人である。
もちろんヘアスタイルは艶々のマッシュルームカット、小学校での成績、立ち振る舞い共に超優等生。この漫画の世界から飛び出してきたような御曹司は、俺のクラスに確かに存在していたのだ。
「今度の学習発表会の班は、好きなもんと組んでええぞ〜。今から時間やるで、三人グループ作ってみー」
「やったー!ラッキー」
「よっしゃー!」
五年一組の教室に歓声があがった。皆ガタガタと椅子を鳴らし一斉に席を立つ。今日の五時間目は、間近に控えた参観日の中で行われる学習発表会の班決めが行われた。
『好きなもんと組め』や『自由に相談して決めろ』
まるで生徒を喜ばせるサプライズかのように屡々先生たちが使うこの方法が、一部の者に取ってどれだけ残酷な時間を生むのかを大人達は知らない……。
常に正論を発言しながらも、人との衝突を避ける傾向にある菱村ヨー君。ただ『心正しき人』は眩しすぎて、一部の者とは慢性的にソリが合わないようだった。
『無意識に人を傷つける天才』マッツンも、その一人だ。
「ヨー君こっち来んなや気が悪りぃ!真面目すぎて班がシラけるんじゃ!」
「あ、あぁー、なるほど。僕はあちらに行くとするかな」
ヨー君が表情筋を巧みに動かし、偽りの笑顔で返す。だが、マッツンは容赦なく追い打ちを掛けた。
「そんなもん聞いてへんわいや、勝手にせえや。面倒くさ!」
元々ヨー君がマッツンと同じ班を希望した事実さえないのだが、こんな会話が何故か成立してしまう。空気の軋む音がする…。
その頃俺はというと、早々と班分けを終えていた。今回はたった三人のグループを作るだけだ。ツヨっさんと、放っておくと余ってしまいそうなヒガヤンにも声を掛けていた。
この『自由に相談式』の班分けに乗り遅れれば乗り遅れる程、後には厳しい連鎖が待っている。皆んな早い段階で普段から気の合う友達と班を組み終えてしまう為だ。
「ヨー君ゴメン!もう三人になっちゃったんだわ」
「そうだろうね、いやいいんだ。平気平気…」
「あ、もうワエらーメンバー決まっとるで。向こうの方がええんちゃう?」
「お、そっかそっか。あっちの方に行ってみるかな」
最初のマッツンとの会話が災いしてか中々グループに入れないその様子は、まるでヨー君のタライ回しのように俺には映った。
「ツヨっさん、ちょっと頼みがあるんやけど」
「え、何?」
「あんな、……で、……。」
周りに聞こえないように、俺はそっとツヨっさんに耳打ちした。
「わりぃな……」
「了解、ええってええって」
ツヨっさんが立ち上がり、ナオチに声を掛けた。何とか引越しは間に合ったようだ。
「やっべーーー!」
急に大声を出した俺に、皆んなの視線が一斉に注がれる。
「ヒガヤン!俺らまだアハァ二人だねえかいや、どないする?」
「ど、どないしょ……もうあかん」
「ギャハハハハハハ!」
空気の軋みが薄れ波紋のように笑いの輪が広がっていく。よし、俺はタイミングを見計らいヨー君を呼び止めた。
「ヨー君ヨー君!」
「え、何?シマダイちゃん」
「俺ら今、めっちゃんこピンチなんだわ〜。一緒にやってくれへんか?このとおり!」
「こ、こ、このとおり!」
拝むような俺のポーズにヒガヤンも続いた。
「なるほど……わかった。僕でよければ力を貸そうかな」
「よっしゃーー!ありがとヨー君!」
「あ、ありがと、ひ、菱村ヨー君!」
喜んだフリ等では決してない。ヨー君は俺達の思いもよらない知識で、沢山沢山助けてくれるはずだ。
「うわ! シマダイの班最悪やな! シマダイかわいそ!」
その時、歪に尖った言葉の矢尻が、ヨー君の背中を突き刺した。矢を放ったのは、やはりあの男だ。
「クソったれー!! マッツン!」
怒りに任せ立ち上がった俺の腕を、当のヨー君が後ろから掴んで止めた。
「ええんだ。シマダイちゃん」
「でも……」
ここで俺が騒ぎ立てれば、返って同じ班の二人を傷つけてしまうかもしれない。
小さく顔を横に振るヨー君に促され、俺はまた席に着いた。その間も、自分には無関係とばかりに涼しい顔を決め込んでいるマッツンの姿が、俺は許せなかった。
その後は班ごとに別れ何事もなく授業は進んでいった。班長になったヨー君の出すアイデアは、宝箱から溢れるように煌めいて、俺とヒガヤンはただただ感心して聞くばかりとなっていた。
(キーンコーンカーンコーン♪)
そして終業のチャイムが聞こえた所で、ジャカルタが話し始めた。
「ほんなら続きは各班、休み時間なり放課後なり使って相談してまとめえ!えぇなあ?………返事!」
『はい!!』
さてと、放課後ときたか……。教室でというのも何だかツマラナイ……でも、俺はバス通で家も遠い。ヒガヤンの家は、お世辞にも広いとは言えない社宅アパートだった。
俺は目一杯キラキラした瞳で、ヨー君を見つめた……あれ?伝わらない……。
今度は祈りのポーズも加えて、目をシバシバさせてみた。シバシバシバシバシバ〜〜☆、気分はアイドルだ。
「プハッ、シマダイちゃん」
「何だいや?」
「キモイよ」
「えーー!? マジか!」
「ウソウソ!僕ん家で続きを相談するかな?」
「めっちゃ行きたい!ありがとヨー君!いやいや班チョー!」
俺が友達の家に行くのを好むのには、ちょっとした理由がある。将来オトンの様な大工になると決めていた俺にとって、友達の家は知らない大工さんが建てた一つの作品と呼べる物であった。
その作品を見学に行ける機会を得られたのだ。ドキドキワクワクするのは至極当然の事と言えた。
それに何といっても今回は、あの菱村邸である。いつもはバスで前を通るだけの巨大なホテルの奥に、どんな豪邸が隠れているのか。俺の興味は尽きなかった。
「ちょ、ちょー待って、シ、シマダイ君!」
「がんばれヒガヤン、置いてくでー!」
放課後、早速俺達はヨー君の家に向かった。それ程広くはない城咲町ではあったが、ヨー君の自宅がある城咲グランドホテルは街の一番端に位置している為、小学生の足にすればかなりの距離を歩く必要があった。
とは言っても、それは同時にヨー君が毎日その道のりを歩いて登校している事を意味していた。
「スゲーなヨー君、毎日こんな歩いとるんか?そりゃ足も早やなるはずやんなー」
「まあね…もうなれちゃったけど。ほら、そこの橋渡ればすぐに僕ん家だで。ヒガヤン!もうちょっともうちょっと!」
「う、うん……。あと……ちょっと……フー、フー」
作品名:シマダイ! - あの日の しゃーたれっ子 - 作家名:daima