ヒトサシユビの森 2.コユビ
「あぁ、東京行きてえなぁ」
「行けばいいじゃん、亮太」
「簡単に言うな」
「どうして?」
「俺、高校中退だしな。どこも雇ってくれねぇだろ」
「いくらでもあるんじゃない? 肉体労働なら」
森に囲まれた石束稲荷神社の境内は、年に一度の例大祭で賑わっていた。
夜店が立ち並ぶ広場では子どもたちが金魚すくいに興じたり、顔より大きい綿菓子をほお張ったり、想い思いに祭りを楽しんでいた。
日が暮れて暗くなると、境内の真ん中に篝火が焚かれた。
そして石束町に昔から伝わる天狗伝説をモチーフにした猿楽が奉納される。天狗の面と狐の面をつけて舞う踊り手は、地元の小中学生がら選ばれることがこの祭りの慣例になっていた。
和楽器の演奏が小さく聞こえる境内の隅で、かざねと亮太は朽ちた丸太をベンチ代わりにして座り、祭り見物を遠巻きに楽しんでいた。
亮太は鼻を鳴らし、缶の底に残ったビールをグイと飲み干した。
「東京まで行って肉体労働はないわ」
「他に何かできることありましたっけ?」
「おい、かざね。お前、高校の先輩をバカにすんのか?」
「先輩? 中退でしたよね、亮太センパイ」
亮太は舌打ちをして空き缶を逆さに振った。
かざねは長い黒髪をかきあげた。
ひときわ明るく燃え上がった篝火の明かりが周囲に広がり、かざねの横顔が一瞬照らしだされた。
いたずらな笑みと幼さの残る目元は、アルコールのせいで紅潮しているようだった。
「かざね、ビール」
「もうないよ」
「えっ? 6本買ったろ」
「だからみんな飲んだ。あ、これ飲んでいいよ」
かざねは手に持っていた缶ビールを亮太に手渡すと、すくっと立ち上がった。
「ちょっと、トイレ」
「大丈夫か? トイレ階段の下だぞ。ついてってやろうか?」
かざねは亮太に手を振って拒絶し、篝火のほうに向かって歩いた。
しかし思った以上に足どりが心もとなく、アラカシの木立を支えにしてしばらく思案を巡らせた。
たしかトイレの場所は階段下の駐車場横で、そこまで行くには、手すりのない石の階段を三十段ほど降りなければならない。
この千鳥足では到底無事に辿りつけそうにないと結論づけたかざねは、反対側の林の奥へと方向転換した。
手で脇枝をよけながら、盛り土のような起伏が境内の灯りを遮り薄暗くなっている場所まで分け入った。
周囲に誰もいないことを確かめて、スカートをたくしあげたとき、突然視界が暗転した。
背後から喉元を締めつけらた。
恐怖で声を出すことができなかった。
呼吸が苦しくなっていく。二の腕がチクっとした。針を刺されたようだ。
頭から布袋のようなものを被せられたとわかったときには、意識が朦朧となっていた。
作品名:ヒトサシユビの森 2.コユビ 作家名:JAY-TA