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ヒトサシユビの森 2.コユビ

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「よう、茂木」
「あ、健ちゃん・・・」
「どうだ、調子は?」
石束総合病院の院長室を浅黒く日焼けした蛭間健市が訪ねてきた。
蛭間は髪型を七三に整え、誂えたストライプのスーツの襟には県会議員のバッジが輝いていた。
「珍しいね、健ちゃんがわざわざ病院に来るなんて」
「今朝、久しぶりにこれやってきたんだ」
蛭間は射撃の恰好を茂木に見せた。
「そう・・・」
「お前も来ればよかったのに」
「ちょっと、仕事が忙しくて・・・」
「院長の仕事ってそんなに忙しいのか」
「ていうか、健ちゃんたち、よく行けるな、あの山に」
「バカ言え。石束町民の安全安心のために行ってるんだ。
農作物が荒らされないためにな。いしづか愛の猟友会だよ。茂木、お前もメンバーなんだからな」
「ああ」
茂木は煮え切らない返事をした。蛭間は応接セットのソファに腰をおろした。
「初日にしてはでかいのが獲れた。それでお前んちに届けといた」
「いいのに、わざわざ」
「今流行りのジビエ料理だ。美人の奥さんに食わしてやれ。で、予定日はいつだったかな」
「来月下旬ごろ」
「いやぁ、それはめでたい。ほんとお前んちが羨ましいよ」
「そうかな?」
「そうかな、じゃないよ。あんな美人な嫁さん、若いしスタイルいいし」
「健ちゃんちだって・・・」
「俺んとこなんて。大きな声では言えないが、侘しいもんよ」
「贅沢なんだよ、健ちゃんは」
「そうか?」
「そうだよ、県会議員なんてすごいよ。ついこの間までヒラの公務員だった健坊が町長の義理の息子になった途端、町会議員からトントン拍子」
「いろいろ裏であるんだよ、選挙は。茂木も町医者から総合病院の院長に大出世じゃないか」
「出世じゃないよ。知ってるよ。健ちゃんが僕を推薦してくれたこと」
「理事会がいい人選をしたってことだ。だけどな、ここの初代院長が茂木、お前でよかったと俺は思ってる」
「僕は、町医者のままでよかったのに・・・」
「言うな。お前にはいろいろと借りがあるからな・・・」
「健ちゃん・・・」
茂木の表情がひきつるように曇った。
「あ、そうだ。来週、道の駅の落成式があるんだが、茂木、出席してくれるよな」
「道の駅か・・・」
「玉井も坂口も来るぞ」
「行きたいのはやまやまなんだけど、ひとり学会に行くヤツがいてさ・・・」
ドアを蹴破る勢いで、院長室に看護師が飛びこんできた。
「院長、いま救急車から連絡があって、急患を搬送すると」
「わかった、すぐ行く」
茂木は白衣を羽織った。蛭間は場の空気を読んで、腰をあげた。