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ヒトサシユビの森 2.コユビ

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野生の猪は用心深い。
やみくもに突進するような獰猛な性格ではなく、きわめて臆病な生き物である。
しかし生存を脅かされるような場面に出遭うと、相手かまわず牙をむくことがある。
その猪はまさにその場面に遭遇していた。
ぬた場で泥をなすりつけているところを、猟犬に吠えたてられた。
猪狩り用に育てられた和犬は、猪に牙をむかれたところで簡単に退き下がらない。
逆に猪の耳に嚙みついて興奮を煽る。煽ってぬた場から追いだすのだ。
煽られた猪は逃げる猟犬を追いかける。
直進の速度では猪に分があるが、藪や倒木のある照葉樹の森林では、スピードはさほど変わらない。
猪を煽った猟犬は一定の距離を保ったまま林の中を逃げ続けた。
逃げる道すじは決まっていた。野生動物しか通らない道なき道、いわゆる”獣道”だ。
獣道のとあるポイントにさしかかると、猟犬はその場で弧を描きながら吠え立てた。
追ってきた猪は急停止し、鼻息荒く前足に体重をかけ襲いかかるタイミングを図った。
そのときである。猪の眉間をライフル銃のスコープが捉えた。
銃声がブナの木立に轟く。
銃弾が眉間をかすめ驚いた猪は、向きを変えて逃走したが、続く二発目の銃弾が猪の後肢から腹部を貫いた。猪はブナの幹に激突して倒れた。

指のかかった缶ビールのプルトップの口から勢いよく白い泡が溢れた。
太い丸太で組まれたログハウスの壁には2丁のライフル銃と1丁の散弾銃が無造作に立てかけてあった。
その軒先には絶命した猪がぶら下がっている。大きなフックと黒鉄の鎖によってしっかりと吊り下げられていた。
すぐ隣の木製の台の上では、解体途中のヒグマの子どもが無残な姿を晒している。
「石束の町の発展に」
「俺たちの友情に」
三人の男は缶ビールの底を宙で合わせて、黄金色の液体を喉に流しこんだ。