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貧者のシナリオ

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「僕はずっとずっと夢を抱いていた、それがまさに実現しようとしているから、心が弾むよ。僕は大学を卒業して、このために準備をしてきた。『グッドソング』で同志に出会うことができたし、君にも偶然出会った。すべては予定調和的に繋がっているんだ。無駄な出会いなど、人間には何一つとしてないね」
 恵は頷いていた。彼女も確かに、そう思っているようだった。
「さあ、新しい世界を少しずつ作っていこう。この試みは、カンナを持った石打ちに似ている。一回や二回では石を割ることはできない、しかし三度目は割れるかもしれない。何回かかっても、いつかは割ることができる。あるいは、五百回かかるのかもしれないがね」
「しかし、利益の使い道が問題よね。半分は、世の中の貧困のために使うのでしょう。ガイアは何か考えているの?」
「もちろん」
「教えてよ」
「まだ、早いね」彼は意地悪な表情を浮かべた。「気分転換に、外へ行こうよ」
「どこへ行くの?」と僕は質問した。
「学校だよ」と彼はきっぱりと言った。
「学校?」恵は、目を丸くして、ガイアを見つめた。
「私、そろそろ帰りたいわ・・・・・・」と『クイーン』が言った。
「一緒に来て欲しいんだ」彼は強い口調で求めた。
「分かった」と彼女は言った。

 車はメルセデスベンツだった。父親の車らしかった。運転は、ガイアが行った。彼は先ほどのパーティーで酒を飲んでいなかったので、運転することができた。何故酒を飲まないのか訝ったのだが、後で運転するつもりだったのだ。車窓は流れていって、車は山手を抜けて、田舎の風景に変わっていった。どこを走っているのか分からなかった。時計は一時間を経過しようとしていた。草木は輪郭が強くなり、闇は深くなっていった。
 僕はアルコールが入っていたので、少し眠たくなっていた。恵の手を握っている、彼女の手は温かく、確かだった。
 月はうっすらと姿を見せて、空に浮かび上がっていた。僕たちは車を降りた。その学校とは、廃校になった小学校だった。どことなく、人を寄せ付けない、寂しげな建物の外観、まるで生気を失ってしまったかのような無音の世界。校内に入ると、窓ガラスが割れていて、埃っぽく、温度を失った冷たい匂いがした。
「肝試しか何か?」と『クイーン』が尋ねた。
「まさか」
「じゃあ、いったい何なの? ここは不気味よ、気味が悪いし、人けはないし、夜の学校、しかも廃校になったところへいったい何の用があるって言うのよ」
 彼はポケットに手を突っ込み、すたすたと歩いて行った。妙に、ゆったりとした足取りで、まるで何かを確かめるように、踏みしめていった。僕は、息を飲み、彼の後を付いていった。恵は、明らかに緊張している。そして、『クイーン』は、言葉少なに、腕を後ろに組み、歩みを進めていった。
 校舎は四階建てで、こじんまりとした廊下を抜け、階段を上り、三階に差し当たった。月のひかりがわずかに、射している以外には、明かりはなかった。時折、風の音が割れた窓ガラスから吹き込んできて、それ以外には我々の靴音の響きにしか耳に届かなかった。虚ろな光景だった。目に移るすべてが、ガラス細工の世界のように映った。哀しげで、寂しげだった。
 彼は、教室の前で立ち止まって、ドアをノックした。鍵は閉まっていないようだった。僕は恵と顔を見合わせた。人がいるというのだろうか。
 長さん、僕だよ、ガイアだ、と彼は言った。すると、返事があった。人がいるのだ。
「こんなところに人が・・・・・・」
「いるみたいだわね」『クイーン』は眉をひそめた。
 彼は姿を現した、ダークグリーンのツイードのジャケットとデニムのパンツ、黒縁の眼鏡を掛けていて、年齢は五十代の半ばぐらいに僕の目には映った。
 長さんは、ホームレスだった。僕は彼の話を廃校になった学校の教室のなかで、伺うことになった。そこには、貧困を語る一人の男、時代を生き抜こうとして、時代の波に飲み込まれてしまった物語があった。
 僕らは車座になって座った。教室内は清掃されているらしく、綺麗で、澄んだ空気が流れていた。長さんは、長岡という名前だった。年齢は五十三歳で、販売業を始め、運送業や清掃業など様々な職業に就いていた。二年前に仕事を失い、家族を失い、財産を失った。この学校に移り住んでからは、半年になる。
「家を失うと言うことは、家族を失うということに次いで怖いことです。何しろ、帰宅する場所がないわけですから・・・・・・。私はギャンブル狂だった、パチンコに競輪に競馬、バカラ博打と何でもやった。私は、お金を失った。借金が山ほどあります。一千万円以上は超えているでしょうね」
「生活保護を受けないのですか?」
 彼はきょとんとした目で、僕を見た。
「お国の世話になることが嫌なのです。それにホームレス生活も慣れてしまえば、気楽ですし。ただ、別れた女房の娘が気になりますね。今、年齢は二十六歳だ。綺麗な女の子だった。差し当たって、仕事をしていないと、もう会う気もなくなりますがね。お父さんがホームレスでは、合わせる顔がありませんね」彼は苦笑した。
 彼の世界と、ガイアの世界は繋がり、僕たちの現実でもあるのだ、と僕は思った。人は舞台に突然、放り込まれた役者のようなものです、と長岡さんは言った。「即興で劇をしなくてはいけない、自分でシナリオを考えなくてはならないのです。観衆はじっと待っている、逃げ出すことはできない」
「君たちだって、生き方を決めていくのは常に自分だ。そこには、自己への重たい責任が生じる。ホームレスの問題は、他人事ではない。本人ばかりの問題ではなく、他人が悪いことだってある」
「ガイア君は、世界を救おうとしているからね」『クイーン』は笑った。
「世界を?」と長岡さんは、目を丸くして、その言葉を繰り返した。
「『世界システム論』というのを知っていますか? アメリカの社会学者のウォーラーステイン」
 知らない、と僕らは言った。
 彼は頷いた。「発展途上国は、すべて先進国になることができると思う? 発展の途上なのだから、いつかは先進国にならないとおかしいですよね。結論から述べると、すべてが先進国になることはないのです。何故なら発展途上国は、木材の輸出や原材料の輸出などに従事して、先進国を支えているから・・・・・・。ウォーラーステインの言葉を借りるのなら、彼らの国は、低開発域国と呼ばれています。世界を担っている国としての枠組みはそうなのです。個人の貧困は、富豪への供給で成り立っています。貧者もまた必要なのです。貧者がいなくなると、あるいは世界が成り立たなくなるか、まったく別のシステムへ変貌してしまうかのどちらかです」
「現代の日本では、これから貧困が増えていくと思いますね。貧しいというのが、当たり前になっていって、人々が右往左往する時代は、目前までやって来ていると」恵はガイアの顔を見て、言った。
「長さん」
「はい」
「少ないけど、これ。飯でも食べてください」と言って、ガイアは二千円を彼に手渡した。
「いつもありがとう、遠慮なく頂いておくよ」
 長岡さんは、にこにこしている。彼にとって、貴重な現金だ。
作品名:貧者のシナリオ 作家名:Murakami.Lia