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貧者のシナリオ

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 僕は頷いた。渋谷や六本木でデートをした。彼女は映画が好きなので、映画館でのデートがメインだった。でも、それは友人としてのつもりだった。
「結婚したら、そんなこともできなくなると思うと、お見合いには消極的になってしまいます」
 彼女が言うとおりだった。結婚すると、そういったデートをすることも難しくなるし、関係が疎遠になってしまうだろうな、と僕は思った。
 DJは若い、ニット帽を被った女の子がやっている。ガイアの出番は、まだみたいだった。アンダーワールドの『トゥマンス・オフ』、シャーラタンズ、リヴァティーンズ、フランツ・フェルディナンド。十二月の乾いた空気には、音の質が良く、低音が響いている。
「あのニット帽を被った若い子が、『クイーン』だよ。年齢は二十二歳、大学の四年生。本名は立花香織」
「どうして『クイーン』なんだい?」
「僕らがやっているソーシャルネットワーキングゲームでの呼び名だよ。僕はガイア、彼女は『クイーン』、そしてこちらの男性が『脚本家』。ハンドルネームで呼び合っている」
 背の低い四十代ぐらいの男性が彼の横に立っていた。彼はにっこりと笑った。「僕が『脚本家』です、どうぞよろしく。仕事はシナリオライターです。有名なゲーム会社のシナリオを書いていて、チーフをやっています」
「ちなみに、君のハンドルネームは『素朴』だよ。悪くはないネーミングだよね。川口さんは、素朴だし、純情だし・・・・・・」
 彼は笑った。僕も、恵も笑った。
「それにしても、僕のハンドルネームを何故付ける必要があるのだろう?」
「そりゃ、僕らと一緒にソーシャルネットワーキングゲームをやるからだよ。パソコンは最新式のを買ってあげるし、面白いんだぜ。いろいろな人と出会いがあり、成長がある」
「興味がないね・・・・・・」
 一瞬、彼の顔色が変わった。なにか、引きつったような、苦々しい表情を浮かべていたが、すぐに切り替わって、柔和な顔つきになった。
「君は、選ばれたんだ」
「何にだい?」と僕は訊いた。
「世界を救うメンバーに、つまりは救世主だよ。世界は失望と不安にまみれている。僕たちが救っていくしかないし、他の誰か、政治家には任すことができない」
 僕には何のことか、分からなかった。何故、ゲームをやることが、世界を救うことになるのだろうか。あるいは、ゲームのなかの世界を救うというジョークなのだろうか。ガイアは笑っていた。いつの間にか、僕の手を取っていた。そして、握手をした。
「ガイアは本気だよ」と『脚本家』は言った。
「ガイアなら、何だって可能にしてしまうと思います」恵が言った。
「DJイベントとは比較にならないぐらい楽しくて、スリリングなことだよ。音楽は悪くない、魂に響く。人を救うことだってある。でも、僕には僕のやり方があるんだ」
 彼は天井のミラーボールを見つめた。七色のひかりが、色を変えてくるくると回っている。僕は、頭を掻いた。
「ガイア、君はまったくミステリアスな男だよ」
 彼は笑った。それじゃ、このイベントが終わったら、どこかで話をしようじゃないか、と言った。

 ソーシャルネットワーキングゲームの名前は、『グッドソング』だった。このゲームは、シミュレーションゲームの一種で、キャラクターを育てていく。そして、育ったキャラクターは様々な仕事に就いて、お金を稼いでいく。その稼いだお金で、物件を買ったり、株をやったり、結婚をしたりして、お金と幸せと地位を勝ち取っていく。エンディングは特になく、終わりもない。目的もなく、結果もない。もちろん世界を救うわけでもなく、ゲームを進めていても何一つこの世の冷たい現実は変わらない。離婚もあれば、破産もする。¥
 それでも、僕にとってはこのゲームが面白かった。『素朴』という名前で、僕はガイアや『脚本家』、『クイーン』と海外旅行へ行った。ハワイやヨーロッパ、ベトナムといった諸国をゲーム上でだが、回って遊んだ。このゲームは奥行きがあり、作りがしっかりしていた。チャット機能が付いているので、僕はこのゲームで知り合った人々とチャットをし、付き合いを深めていた。ネット上の付き合いだが、面白かった。
 僕は、年明けの頃には、恵と付き合っていた。友人関係からの脱却、恋愛関係への発展、僕は時折、美咲のことを思い出していた。美咲と付き合っていた三ヶ月は、濃密で親密だった。でも、最後の別れ方が酷かった。初めての恋は無残だった。残骸は痛みを伴って、灰色の記憶となっていた。
 恵と付き合って三ヶ月が経った。季節は春で、陽気が朗らかだった。桜の木々が、白い花を咲かしていた。僕は彼女と近くの公園で、花見をしていた。お酒を飲み、彼女の手作り弁当を食べながら、笑い合っていた。
「そう言えば、ガイア、会社を作るみたいよ」
「どんな会社だい?」
「ソーシャルネットワーキングゲームの会社、既に人を集めているみたい。私も誘われたけど、迷っているのよ。『脚本家』や『クイーン』も参加するようね。おかしいわね、あなたのところにも、とっくにその話がいっていると思っていたのに」
「あったとしても断るよ。僕にはゲームの開発なんてできないし、シナリオを書くことも無理だったら、デバッグをすることもできない。僕には今の仕事が合っている」
 それにしても、ようやく彼も仕事をする気持ちになったか、と思った。あるいは、用意周到に準備をして、会社を作る計画は学生時代からあったのかもしれない。いったい、どんなゲームを作ろうとしているのか、僕は気になった。
「ガイアは私やあなたのちからを必要としているわ」
「僕にできることは何もないがね・・・・・・」僕は表情の乏しい声で言った。
 恵と一緒の職場、と考えると幸せだったが、今の仕事は手が離せないし、僕は重要な仕事を任されていた。充実感があったし、満足していた。
「仕事をおいそれとは、変えることはできないよ。ガイアの会社が成功するとは限らないし、失敗すると、僕は失業者になってしまう」
 花見が終わってしまうと、僕は彼女の部屋に行った。彼女は吉祥寺にアパートを借りて、一人で暮らしていた。ガイアとの同棲生活は、この狭いワンルームで行われていたと言っていたので、僕は不思議だった。彼は麻布に大きなマンションを持っていたし、何故わざわざこのワンルームに住んでいたのだろうか。何から何まで、変わった男だった。
 僕は初めて彼女とキスを交わし、抱いた。そうすることで、彼女のなかの何かがふっつりと糸のように切れて、僕の糸と結び合わさった。結び目。彼女のほつれていた糸は、僕の助力で、その確かさを取り戻していったようだった。
 僕は恵のことを気に入っていた。愛していた。過去には、娼婦をやっていたこともあったが、たいして気にもならなかった。そのぐらい彼女は魅力的で、美しかった。肌がつるりとしていて、まるでエナメルのようだった。
「ガイアは私のことを真剣に愛していたと思っているの」と彼女はベッドのなかで僕に話した。「きっと、私の愛情が足りなかったのよ。彼がいながらも、他の男性と寝ていたし、すべての愛をガイアに注いでいなかった、だから、彼は諦めて出て行ったのよ」
 僕は枕元の彼女を見た。彼女の顔には少し、影が射していた。
作品名:貧者のシナリオ 作家名:Murakami.Lia