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貧者のシナリオ

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「目立つんだよ、要するに。そして、もっと有名になっていく。これからだよ、僕らの会社は」
「僕を社員にしてくれないか? 君のちからになりたい。営業ならできるし、他人との交渉は得意だ」
 待っていたよ、その言葉を、と彼は言った。僕は深呼吸をして、フロントドアに流れている景色を見つめた。彼に賭けるべきだった。僕には、もう迷いはなかった。

 四月に、僕は今の仕事を辞めて、ガイアの会社『テクノホワイト』に入社した。給料は、前職の分に三十パーセント上乗せという条件だった。それとは別に賞与が付く。僕は恵と同じフロアで働くことになった。彼女とは仲むつまじく付き合っている。僕にとって彼女は、天使のようだった。お互いの心がフィットしている感があった。
 ガイアは予告していた通り、収益金の使い道をマスコミに発表し、また自身が小説家であることを語った。注目度は抜群だった。マスコミは、その話題に明るい希望を見いだした。全国紙にも載ったし、インターネットのニュースにもなった。しかし、ソーシャルネットワーキングゲーム『貧者のシナリオ』のユーザー数は微増に留まった。頭打ちだった。あるいは、百万人というユーザーの数が、このゲームの限界かもしれなかった。
 ガイアは次の策を用意していた。彼のストーリーテリングを用いて、サウンドノベルを作るというものだった。携帯向けのアプリで、今度はソーシャルネットワーキングゲームではなく、ただのゲームとして作る。サウンドノベルは、ホラーサスペンスで、彼のペンネームを使って書いていく。例によって、ゲームの制作は提携の開発会社に委託する。そして、『貧者のシナリオ』の英語版を作り、世界中に展開すると彼は言った。彼は年末に体調を崩していたが、今ではそのことは嘘のように、回復している。ちから強かった、そして頼もしかった。
 心美は、結局、ガイアの家の養子になった。彼女は、その方がより明るい未来を抱くことができると思っていたのだろう。彼女の年齢は十四歳だった。学校には長いあいだ行っていない、しかし頭は悪くなかったし、英語が得意だった。自主的に勉強をしていたみたいだった。彼女は、編入で私立の学校に通っているようだ。

 僕は恵と久しぶりにデートをしていた。渋谷の映画館で、フランスの古い映画を眺め、マルイでショッピングを楽しみ、カフェへ入って食事を取った。六月の土曜日だった。朝には細かい雨が降っていたけども、昼にはすっかり上がっていた。
 僕らはすっかりお互いの存在に慣れていた。空気には、親和的なものが流れていて、心を温かくしていった。
 恵は三十歳になっていた、一方、僕は三十二歳だった。ガイアの会社はとても安定していたし、就職は成功だった。僕には、恵なしでやっていく自信はなかった。生活の何もかもに、心の隅々に、彼女の存在は浸透していた。僕は彼女をじっとカフェで眺めていた。出会ったときよりも、よりいっそう美しくなっている。
「結婚しようか・・・・・・」と僕の部屋で打ち明けたとき、彼女は笑ってオッケーを出した。婚約指輪は用意していた。きちんと給料三ヶ月分の指輪だった。
「私、ガイアには付いていくことが難しくなってきたかもしれない」
 彼女はぽつりと言った。その言葉は、水に重たいものが沈み込むような、感触を僕に与えた。
「どうして?」
「福祉とか寄付金とか、世界を救うとか良く分からないの。目的がね・・・・・・。素晴らしいことだと思うけど、何かが疎かになっている」
 彼女はホットミルクを飲み、少しだけうつむいた。「世界なんて救うことができるわけないじゃないの、国民の平等を願った社会主義は崩壊し、キューバーの革命家チェ・ゲバラは、理想を抱えたまま、ボリビアの小学校で銃弾に倒れた。ガイアは英雄になりたいだけなのよ」
「それは違うな・・・・・・。ガイアは世界の平和を考えている。大それたことはやっていないのかもしれない。でも、今に、彼は脱皮する。そして、本当の英雄になるのだろうね」
 彼女は夏頃に仕事を辞めた。別のところで、働き始めた。ガイアはそのことを哀しがった。恵の役割は決して小さなものではなかったし、新しく募集する必要があった。経理と雑務を行う人間を。
 オフィスは六本木にあり、オフィスにやってくる人間は、『クイーン』と『ミュージシャン』とガイア、そして僕だった。『ミュージシャン』の名前は、御厨隆、年齢は二十五歳で、バンド活動を行っている。バンドはインディーズだが、CDデビューをしており、そこそこの知名度はあった。
 『ミュージシャン』とは気が合った。彼は、時折にしかオフィスに顔を見せなかったが、仕事が終わると、週末は決まって飲みに行った。二人で飲みに行く。音楽の話をする。イギリスのロックやテクノの話、彼の音楽観、僕が抱いている音楽への憧憬。昔は熱かった。今は、その熱気がない。どうしてだろう、と時々思う。同じ音楽を聴いていても、何かが決定的に変容しているのだ。
「それは昨日の川口さんと、今日の川口さんはまるで別人だからですよ。同じ流れの川はずんずん新しい水が流れていきます。川というのは絶えず変わっていきます。人間も同じです。体内の水分は二週間で入れ替わります。同じ人間の連続性というのは皆無なのです。年を取る、それはひとつのくくりです。節目です。人は、いつの間にか年を取っている。年輪を重ねるみたいではなく、コンクリートを流し込むみたいにして、年を取っていきます」
 その話は、僕の心の深いところに沈み込んでいった。コンクリートを流し込むみたいにして、年を取っていきます。

 ガイアがオフィスに心美を連れてきたのは、八月の末だった。彼女は十五歳になっていて、上等なブルーのワンピースといくつかのアクセサリを身につけていた。化粧はうっすらと塗っていて、唇が太陽のひかりの下でひかっていた。孤児院の頃に比べると、明るく、真っ白な表情を浮かべていた。彼女はより美しくなっていた。
「今日は、社会勉強のために職場見学しに来ました。皆さんよろしくお願いします。赤坂心美です」
「初めまして、よろしくお願いします」『クイーン』は笑顔を見せた。『ミュージシャン』は不在だった。
「心美はずいぶん社交的になったね。新しい学校では友達もできているみたいだし、その調子でバランスを崩さないようにね」
 僕たちは、新しいサウンドノベルの仕事に忙しかった。僕は宣伝の方法を考えたり、コマーシャルについて打ち合わせを広告会社と行っている。『クイーン』はグラフィックデザインの一部を担い、ガイアはシナリオの執筆をしている。恵が行っていた経理の仕事は、得に募集をしていなかった。僕が仕事の合間を縫って、恵の仕事も行っていた。
 その日は、心美がやって来たということもあって、オフィスでパーティーを開いた。心美の誕生日は八月の二十日だったので、少し遅れてしまったが、誕生日会をしようということだった。宅配のピザを取って、アルコールやジュースを買ってきて、デパートでケーキを購入し、用意した。
作品名:貧者のシナリオ 作家名:Murakami.Lia