赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 11話から15話
「清子。晴れ舞台や。たっぷり楽しんでおいで」
豊春にポンと背中を押された清子が、背筋を伸ばす。
唇を小さくつぼめる。背中を伸ばした姿勢を保ったまま、腹部にためた空気を
ゆっくり、しっかり、最後まで吐き切る。
すべての息を吐き終わったあと、きつく唇を閉じる。
鼻孔を大きく開ける。
ゆっくりしたテンポを保ったまま、胸を反らし、腹の一番奥まで、
たっぷり、新鮮な空気を吸い込んでいく。
清子の背筋の美しさと、袴を身につけた瞬間からたちのぼってくる
初々しさは、幼い時からはじめた剣道に由来している。
ときどき見せるこの呼吸法は『空気を吐きながら、剣を打ち込む』という
剣道の練習方法から、自然に身につけたものだ。
「緊張しています。だって、産まれて初めての晴れの舞台ですもの」
清子が、コクリと生唾を呑み込む。
シャン、シャン、シャンと鈴を3度鳴らしてから、緋色の裾を翻す。
静まり返った境内へ、清子が踏み出していく。
大勢の見物人とカメラマンを引き連れて、平家絵巻行列が湯殿神社の境内を
出発するのは、午前11時。
ここから(清子の予想を遥かに超えた)長い一日が幕を開ける。
壇ノ浦の戦いから、831年。
かつての栄華を今に伝えるこの祭りは、清子自身が覚悟していた以上の
試練を、小さな身体に与える。
鎧甲姿の平清盛と重盛が、まず先頭を行く。
勇壮な男たちの武者行列に続いて、平安時代の旅装束スタイルの
小袿(こうちぎ)に、市女笠(いちめがさ)の女人行列が、そのあとにつづく。
九十九姫物語にちなんだ女人の華やかな行列だ。
温泉街を進んだあと、稚児行列が最初の休憩をとる。
本隊はそのまま進む。武者姿の男たちが、湯西川の河原で合戦の陣形を張る。
小休止をとる一方、剣劇を含んだ野外合戦などが再現される。
野外劇と休憩が終わると、再び行列が合流して、平家の里を目指して歩き出す。
行列が門をくぐる。
平家の里の奥へ進み、赤間神宮へ到着したところでこの日の
絵巻行列が終了する。
しかし。巫女をつとめている清子の仕事は、まだ終わらない。
境内で凱旋式が始まる。巫女による神事がはじまる。
鈴と御幣を持ち、ゆるやかに5回転ほど舞ってみせた後、御幣をそれぞれの
参拝者の頭にかざしていく。
この頃になると清子もさすがに、疲労のピークを迎えている。
多数のカメラマンを引き連れたことで、清子の神経は疲弊しきっている。
これほどまで注目されるのは、初めてのことだ。
疲れ果て、虚ろになりながら、それでもなんとか神事の舞いを舞い終える。
ようやくこの日の大役を終わろうとしているそのとき、ささいな
手違いが発生する。
作品名:赤襟の清ちゃんと、三毛猫のたま 11話から15話 作家名:落合順平