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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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影さえ消えたら 6.暴露

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 小さい隼人を岸辺に引き上げてすぐ、呼吸を確認する。ときどき呼吸を止めたり咳き込んだりするので、抱きおこして水を吐かせた。顔にまとわりつく泥をぬぐってやりたいと思っても、自分も泥まみれになっている。

 真うしろに立っていた小さい綾女が、おずおずとハンカチを差し出してくれた。まだ泣きそうな顔をしているが、口元をきゅっと結んで隼人を見つめてくる。

 ハンカチを受け取って小さい隼人の顔を拭いていると、綾女はほっと息をついた。それから彼の手にあった赤いリボンの帽子を取り上げる。

 泥まみれで枯草がついているのも構わず、彼女はそれを頭の上に乗せる。疲労と激しい体の痛みをこらえながらその光景を眺めていると、小さい綾女はふっと笑みを漏らした。

「お兄ちゃんがおってくれてよかった」

 そう言って帽子を目深にかぶると、おもむろに河にむかって歩き出した。サンダルが濡れるのも構わず、ざぶざぶと水の中に入っていく。

「ちょっ……と、綾女ちゃん。危ない……」

 小さい隼人を草むらに寝かせて、立ち上がる。激しい流れにかまわず河に進んでいく彼女の背を見ながら、綾女の名に刻まれた「×」印を思い出した。この時代に飛んできたのは、綾女を救うためだったはずだ。
 思わず隼人がかけよっていくと、彼女はそれを制するようにくるりとふり返った。

「うち、生きてても隼人くんとおばさんに迷惑かけてばっかりやし、ここでサヨナラするわ」

 ふくらはぎの中ほどまで水につかった綾女が、ためらいなくそう言い放った。

「何、言って……」

 急速に脈拍数が上がり、喉元を押さえられたように苦しくなる。彼女は激流を背に薄く笑ったまま、帽子のふちを握る。

「隼人くんを助けてくれてありがとう。うち、お母さんのとこに行くわ」

 そう言った途端、小さな体を濁流の中に投じた。

「……綾女――っ!」

 全身を支配する痛みをかなぐり捨てて、隼人は地面を蹴った。再び汚濁する河の中に飛びこんでいく。疲れ切った体が言うことを聞かず、がぼがぼと水を飲んでしまう。いとも簡単に命を飲みこんでしまう河の流れに逆らうように、綾女の存在に手を伸ばす。

 生きてもがいて苦しんで、その先に幸せがあると胸を張って言えない。けれど生きることをあきらめないでほしい、身勝手だとわかっていても綾女に生きていてほしい――

 伸ばした腕の先に、彼女のつま先があった。サンダルは脱げて、素足が濁流にもまれていた。ありったけの力をふりしぼって彼女の足首をつかみ、そこから体をたぐり寄せていく。

 彼女の体を引きつかみながら浅瀬を探して足を伸ばす。脱力しきっていた小さい隼人とは違って、彼女は抵抗した。「いやや、離して」と叫ばれて、細い爪で顔を掻きむしられても、隼人は離さなかった。小さい綾女の中にはまだ生きる力が充満していて、隼人の意思に逆らおうとしていた。

 大丈夫、まだ生きられる――暴れる綾女の姿にどこか安堵しながら隼人は岸にはいずった。