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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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影さえ消えたら 6.暴露

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「……おばさんと一緒に隼人の子供を堕ろしに行ったとき、偶然、琴菜も産婦人科に来てたんや。琴菜は生理不順で診察に来たけど、うちとおばさんの会話をこっそり盗み聞きしてたらしいわ。そらまあ、婦人科やなくて産科から出てきたんやから、ある程度のことは察しはついてたやろ。中学のときから大人しいタイプやったし、高校も違うかったから、あんまり気にはしてなかった。けど……こないだ同窓会に行ったときに子供の話になって、同級生らみんなが、うちが隼人の子供を堕ろしたことを知ってたんや。誰に聞いたんかって尋ねたら、誰もが琴菜て言うんや。あの女は……うちの知らんところで誰かれかまわず言いふらしてたんや……」

 憎しみと悲しみの入り混じる彼女の瞳を見つめながら、心臓がじくじくと痛み出すのを感じていた。二人のあいだで避けては通れない話がついに来たと覚悟するしかなかった。

「綾女……俺、本当におまえには悪いことしたと思って……」

 隼人がそっと手を取ろうとしたが、綾女はそれを拒絶した。どこか悟りきった表情で隼人に視線を送りかえす。

「……中絶したのは事実やし、今のうちには真夕がおるし、そのことはもうええんや。無理して生んだところで、おばさんに迷惑かけるのはわかってたから。おばさんも、ゆっくり時間をかけて気持ちを整理したらええって言うてくれた。だからうちもそう務めてきた。それやのにあの女は……」

 そこでまた綾女の顔に怒りの色がさしこむ。うしろに真夕がいるのも気に留めず、握りこぶしを震わせている。

「せっかく丹羽君が戻ってきても、もう一緒にはなられへんよねえって言いよったんや。大事な子供堕ろして、別の男と子供作って別れた女なんかと、丹羽君がより戻すはずがないよねって……わざわざ高いタルト持ってうちに言いにきたんや。隼人とよりが戻せんことくらい、うちが一番わかってるのに、なんであんな女にそんなこと言われなあかんのや」

 それから綾女は口から吐き出た怒りを巻き取るようにため息をついた。

「あの女、隼人と一緒に東京に戻るって言うてた……琴菜はずっと隼人のことが好きやったんや。小学校の時からずっと。おばさんが死んで隼人が戻ってきたのは、自分にとってはラッキーやったって嬉々として言うんや……だから消したったんや……」

 最後の方は落ち着いた口調だった。涙もこぼざず子供のことを語る綾女は、隼人が知らない大人の綾女だった。あきらめと憎しみと悲しみを胸の中に同居させることのできる、三十二歳の女性だった。

「お母さん……」

 彼女のうしろで怯えていた真夕が声を漏らした。すると綾女は途端に母親の顔になって、真夕に微笑みかけた。
 怒りで張りつめていた肩から力が抜けたのがわかって、隼人は抱きとめようと腕をひいた。

 その時、彼女の手からノートが落ちた。その拍子に、まだ見ぬページがパラリとめくられた。

 ページいっぱいに書き記された名前に、隼人の胸は射貫かれたように激痛を感じた。

「丹羽……直人?」

 記憶にない名前に、全身の毛が逆立つようにざわめき始める。脳の奥の方が疼き始め、思わず頭を抱えこむ。髪の生え際から気持ちの悪い汗が噴き出してくる。

「お兄ちゃん……どうしたん?」

 そっとのぞきこんできた真夕の言葉に、心臓が跳ね上がった。記憶の奥底に眠る映像が、眼前に押し迫ってくる。強烈な吐き気をこらえながら、火花のむこうに立つ人物に目をこらす。

 隼人と六つ違いの兄――丹羽直人。

「俺……なんで兄貴のこと忘れてたんだ……?」

 そうつぶやきながら、無数の「×」に覆われた「丹羽直人」の文字を見つめる。目にした瞬間はただの記号にしか過ぎなかった字が、記憶と意味を持って迫ってくる。隼人が小学生の頃に全寮制の高校に進学し、その後地元に戻って母を手伝っていたはずの兄――

 強烈に押し迫ってくる記憶の波に悶えていると、綾女の手がノートに伸びた。拾い上げるのを見ながら、隼人はくちびるの震えをこらえて言った。

「おまえ……兄貴も消したのか」
「あーあ……隼人が忘れてるからうまくいったと思たんやけどなあ。そうや……最初に消したんは直人さんや……」

 無表情でそう言った綾女からノートをもぎ取った。「丹羽直人」の文字は「桐生大輔」よりも前のページにあった。

「いつから……兄貴は消えたままなんだ」
「……おばさんが死ぬちょっと前……かな」
「どうして兄貴を消したんだ」

 怒りに震える腕をこらえながら、隼人は綾女につめよる。彼女は隼人の怒りなど物ともせず、平然と言い放つ。

「だって直人さんがおったら、おばさんが死んだときの喪主は長男の直人さんやろ? そしたら隼人、帰ってこんかもしれん。だから消したんや」
「そんなくだらない理由で? それじゃ牧と一緒じゃないか」

 耐えきれなくなって隼人が声を上げると、綾女は鋭い目で睨みつけてきた。

「あんな女と一緒にせんといてや」

 凄みのある声でそう言ったかと思うと、綾女は不意に涙をこぼし始めた。その涙の意図が分からず隼人が立ち尽くしていると、綾女は手の甲で涙をぬぐい取った。

「隼人がおらんようなってからも、直人さんはうちのこと気にかけてくれてた。丹羽の家が自分の家やと思て、いつでも帰ってきいやって言ってくれてた。けどいつの間にか結婚して子供もできて、お嫁さんを連れて丹羽の実家に戻ってきたんや。いつか実家に戻って農業を再開させるのが直人さんの夢やったし、おばさんも喜んでた。うちもよかったなあって思ってた。でも直人さんのお嫁さんが嫉妬深い人で、うちが直人さんに言い寄ってるんちゃうかて言い出したんや。うちにはもう真夕がおったし、そんなん違いますていうても、聞く耳持たずや。うちはただおばさんと話がしたくてあの家に行ってるのに、直人さん目当てやろてしつこく言うて……しまいに直人さんが音を上げてしもて、もうこの家には来んといてくれって言われたんや。おばさんはうちにとってはお母さん同然の人やのに……もう会えへんなんて……そんなん……」

 途切れながらそう言って、また涙をこぼす。幼い頃に母親を亡くした綾女にとって、隼人の母は親代わりだったに違いない。母の最期を看取ってくれたことも、彼女の思いが途切れることなく続いていた証だと感じていた。

「だから直人さんごと消したんや。うちはおばさんと最期まで一緒におれて、隼人も帰ってくる。こんなええことないやん?」

 綾女が無理やり笑ったのがわかった。彼女の足にしがみつく真夕も泣き出しそうな顔をしている。ふと、同じ年頃だった兄の子供たちの顔が思い浮かぶ。

「……兄貴には子供が二人いたはずなんだ。男の子と女の子。その子たちはどうしたんだ」

 まだ涙を落としている綾女につかみかかってそう言ったが、彼女は視線をそらした。

「そんなん、うちがわかるわけないやん」
「兄貴を消したら子供たちがどうなるのか、考えなかったのか。おまえにだって真夕ちゃんがいるのに」

 綾女の服をつかんだまま揺さぶったが、彼女の反応は悪かった。

「……また真夕や」
「……え?」

 かろうじて聞き取れるほどの声で綾女は言った。そらしたままの瞳が、遠いどこかを見つめている。