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2020.5.13「和音占い師Sayokoのライブ」にて

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リナはカウンターを指差しながら言った。
「梅酒ソーダ1丁!てヤンでえ、これが飲まずにいられるか!」
僕は江戸っ子のように言った。
「ちょっと買ってくるね」リナも喉が乾いているらしい。
カウンター方向に彼女の背中が消えて行った。

その間、テーブルに肘をついて僕はSayokoの事を考えていた。
「こんなライブもあるんだな、久しぶりにいいライブを観たな」
僕はつくずくそう思った。
最近の曲はデジタル化していて音が厚く、打ち込みサウンドでリズムも
メトロノームの様に正確だ。
それに慣れてしまって、久しぶりの生ピアノ演奏と人間のパーカッションのグルーブやビートのノリにすっかり魅せられてしまっていた。
「やっぱり楽器の原音と人間の生演奏っていいよな」

僕が独り言を言っていると、リナがドリンクとミックスナッツを持って戻って来て言った。
「先生は小さい頃からピアノをやっていたんだって。学生の頃はコーラス部にいたって言っていたよ」

「ふーん、そうだろうね、1,2曲はその名残があったな。
「ところでさ、あの黒子の人は男性なのかな?」僕は素朴な疑問をリナに投げかけた。
「そうそう、それが秘密、謎なんだよね。毎回ライブが終わると消える様に先に帰るんだって。プロのスタジオミュージシャンという噂もあるよ」
カシスウーロンを飲みながらリナは言った。
「でも、黒子のパーカッションは本当にうまかったな、Sayokoの左手ベース音と黒子の足のバスドラのような低音楽器とのリズム隊になるわけだから、息がバッチリ合っていたね。二人は相当練習しているぞ!」僕はまだ興奮が覚めやらなかった。

「ライブが近くなると、黒子と週3回は遊ぶって言っていたわ。代官山にある先生の和音占いのマンションは防音でピアノのある音楽スタジオになっているからね」
リナはメンソールのタバコに火をつけて言った。
「遊ぶ?くー、憎いね。僕もそんな風に言ってみたいね」
梅酒ソーダを手にミックスナッツをほおばりながら僕は言った。するとナッツの欠片が僕の口から飛んだ。

「汚いなー!」リナが笑った。
「あ、ライブのお金、払うよ。いくら?」
僕は財布を出した。
「ああ、いいよ、いいよ。こんな雨の日に付き合ってくれたんだから」
リナは手を振った。するとタバコの先の長い灰がテーブルに落ちた。
「汚いなー!ハイ、ハイ、灰!」僕も突っ込み返した。
「そう、でもこのライブの料金はいくら位なの?」僕は料金が分からないので気になった。
「1人1万円だよ」リナは平然と答えた。
「え?いちまんえん!高いな、高杉晋作!」僕はまた声がひっくり返ってしまった。

「あっ、はっはっは」テーブルの隣にいた先ほどのヒゲのおじさんが笑った。
「いやいや、ごめんなさい。面白い冗談が聞こえたもので、すいません」
僕はそんなに面白いのかな?と思いながら会釈をした。
「いやね、でも君、このライブはけして高くないと僕は思うよ」
おじさんはそう言ってもう一度笑った。

割腹が良く、お金持ちの地主か社長という感じだ。
彼の隣にいたスーツの美人女性が言った。
「すいません、社長はSayokoさんの大ファンなんです」
「そうですか、Sayokoさんは歌もピアノも上手ですからね」
僕が素直に肯定した。
「僕のワイフと娘がピアノをやっていて、しかし下手でね。
だからあのピアノのフレーズはそうそう簡単ではない位はワシにも分かるんだよ。
Sayokoは相当練習しているよねー?」
満足な笑みで、僕とリナの二人の顔を交互に見ながら言った。
リナは黙っていたので、僕が、
「僕はヴォイストレーナーをしていて、ギターを弾くのですが、鍵盤楽器については
あまり詳しくないんです。でも鍵盤をほとんど見なくて演奏していたのですから、
相当練習していると思いますよ」
「君は歌を教えているのかね?では専門家から見てSayokoの歌はどうだい?」
おじさんは身を乗り出して僕に聞いた。
「そうですね正直、あんなに色々な歌い方ができる人ってそういないと思います。
それに声質もいいと思いますよ」
僕は本心を伝えた。

「そうか、そうだろう、そうだろう、そうだよね」
おじさんは大変満足げに左手で自分のヒゲを触った。

僕は男性のヒゲが嫌いだった、自分の毛が薄くコンプレックスのせいもある。
そして日本の社会でヒゲはNGだとも自負していた。
ヒゲを生やすのは昔の軍人か美容師か社長かアウトロー位だ。
しかし娘ほど年下のSayokoの音楽に素直に満足している純真な横顔に嫌悪感は薄れた。

「実は、社長の娘さんにSayokoさんはよく似ているんですよ。ああゆう顔の娘が好きなんですよ」秘書は半分嫉妬心があるように意地悪そうに言った。

「そうなんですか、あんなお嬢さんがいたらいいですね」
次はリナがそう言って笑った。
「でも、うちの娘の方がもう少しスリム美人で、おまけに典型的な晴れ女なんだよ」
おじさんはローレックスらしき腕時計を見ながらそう言った。
「ライブはよく来るのですか?」
リナが会話をつないだ。
「そう、毎回で困っちゃう。会議や寄り合いをこっそり抜けてね、でも私もちょっとした息抜き」
秘書の女性はそう言って、僕たちにウインクをした。
アメリカドラマに出てきそうなキャリアウーマン役の女優の仕草に見えてカッコが良かった。

「僕は初めてなんですけど毎回、ライブは何か違うのですか?」
僕は月1回のライブの内容に興味があった。
「曲は今年のアルバムが中心で、やっぱり毎回黒子とのアドリブ合戦が楽しみなんだよね。でもそう言えば、でも1回だけ、ライブの途中で歌を歌わなくなってしまって、アドリブ合戦にしてしまったライブがあったね、幻の狂気のライブってみんなは呼んでいるんだ」
「幻の狂気のライブ?凄そう!興味ありますね。なぜ彼女は歌わなくなったのですか?
やっぱり喉の調子が悪かったのですかね?」
僕はヴォイストレーナーらしい質問をした。

「いやいや、客に関西のおばさん連中がいて、注意されてもベラベラ喋り続けたんだよ。
しまいに出て行かせるんなら、金返せって!タチの悪いおばはん達だったよな」

「なるほど、そんな事があったんですか、それで狂気のライブ」
僕が納得しかけたら、おじさんは目を見開いいて、
「そうじゃない、そうじゃない!そこから黒子との狂気のアドリブ合戦で
最後まで終わったんだよ。いやーあれは凄かった!テーマは「狂気」と言う感じだった。
面白かったよ、その辺の下手なジャズクラブのセッションライブなんか吹っ飛ぶよ」

「そうだったんですか、その時の録音を聴いてみたいですね」
僕は素直にそう言った。
「それが、それが、セカンドのDVDに編集されて入っているんだよ!あの時のSayokoの狂気の目付きがもう、たまらん!」
おじさんは口の横に泡を出してカニ星人のように夢中に話し出した。
「それでな、」と話を続けようとすると、
「社長、常務から電話が何度も入っていますよ!もう行かないと」
秘書が慌てておじさんの肩を揺すり言った。
「もう、ヤバイか。じゃ行こう!君たちありがとう、楽しかった。また会いましょう」
二人は笑って手を振ってカニ歩きで客を抜けて帰って行った。