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どんぶらこ

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 で帰りの旅で猿が去って、雉が去って、犬が去って。
おいらひとりになった。嘗て斬り殺した野武士の棲んでた穴倉に辿りついた。野武士の穴倉を出て、もう少しで家に帰れる。
もうすぐおじいさんとおばあさんに会えると思ってさ。
そう思うと足が軽くなった。が、喉が渇いてな。
で山中の沼に降りたときだった。
おじいさんとおばあさんの家のそばを流れる川の源流だ。
おじいさんが見えた。
柴刈りに来たおじいさんにさ。
で・・柴刈りに来たと思うじゃないか。
そしたらよ。
嬰児籠を川に流したんだ。
赤ん坊が乗った嬰児籠をさ。
川に流したんだ。
あのおじいさんが赤子の乗った嬰児籠を・・そんなことをしたら・・。
なんてことをするんだ!
おいらは気が動転してしまった。
おいらが居ない間におじいさんはこどもを殺すようなことをしていたのだから・・。
おいらは身を隠した。

おいらはひとあし先回りして家に近寄ると、おばあさんがおじいさんが流した赤子を
川から拾い上げていた。

おいらはなにがなんだかわからなくなった。
おじいさんはなぜ赤子を川に流したのか・・・。
そしておばあさんは、赤子をひろって。
いつか聞いたような話じゃないか。
まるでおいらの出生の場面を覗き見ているような。
例えば、目の前で見たものが、その通りだったとして。
おいらというものはいったいなにもので
どこから来て、おじいさんとおばあさんに育てられ・・
いったいなんのためになにをしたのか。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

おいらは子供の頃危ないから行ってはいけないという川下に向かって歩いていた。
川の横の道を下ると、すぐに大きな滝があった。
深い滝だ。
もしおばあさんに拾われていなかったら。
そう思うとぞっとした。
いや・・たまたま・・ではなかったのか。

おいらは沼から流れ出る川でおじいさんに流されたんじゃないのか?
それをおばあさんが拾ったんじゃないのか?
それじゃおいらはいったいなにものなのか。
おいらはなにか思いもしなかったような寒気を感じた。
そんなことを考えていたので家になかなか帰ることができずにいた。
夕暮れになっておじいさんが山から帰ってくるのを見計らって
家の外で待ち伏せた。

そしておじいさんをつかまえた。
おじいさんは成長したおいらの姿を見て驚いた。
あぁ清廉潔白だったあの頃とは違う。
酒も飲むし女も抱く。
其れだけじゃない。野武士も殺したし鬼も皆殺しにした男だ。
おいらはおじいさんに問うた。
おじいさんはいったいなにをしていたのか_。
と。

 おじいさんは昔と変わらぬ笑顔を浮かべてなんどか頷いた。
そしておいらの顔を見ると、どうしても知りたいのか、と聞くので。
あぁ。と答えた。
するとおじいさんは観念するでもなく淡々と語り始めた。

 おまえさんも知ってのとおり、わしら夫婦は子宝に恵まれなかった。
夫婦共々仲はよかったが、どうしてもこればかりは。
そのうちおばあさんの女がおわってしまったぁ。
このあと子どものいない寂しさというのは日に日に募っていった。
そうするうちに桃太郎の童話をふたりで話し合うようになった。
そうしている間は、おばあさんはとても幸せそうだったから。
だから。
桃太郎の話を演じることにしたのさ。
さいしょはもちろん。
わしが山に柴刈りに、おばあさんは川に洗濯に行ったんだ。
それだけでよかったんだ。
それだけでよかったんだがな。


そのさきを演じてみたくなったんだ。


そのためにはこどもが必要だ。
元気なおとこのこがな。
わしは街にこどもをさらいに行った。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

そして山中の沼から流れ出るこの川に流した。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

 おいらはなんとも知れない恐怖をこのおじいさんから感じた。
おいらはどこからか、このおじいさんにさらわれた、というのか。
いつもにこにことして穏やかな表情を絶やさないこのおじいさんが。
親ではないにしろ、親代わりと信じて疑わなかった、このおじいさんを。
そして・・おばあさんを。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

赤子は川を流れておばあさんがそれを見つけて
家に連れて帰る。その子を”桃太郎”として育てる・・。

・・おばあさんが赤ん坊を見つけられなかったら・・

この先の滝壺は深いからね。いちど落ちたら浮かび上がってこれないだろうな。

・・ひょっとしておいらだけじゃないのか?

こたえにくいが、何人かは滝壺に落ちたよ。
わしとおばあさんの間合いが悪くてね。

・・その子たちは・・

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・そして今日また赤ん坊を流してたね。

あぁ”桃太郎”は鬼退治に出かけるだろ。
するとおじいさんとおばあさんの役はなにもすることがないじゃないか。
だからまた最初に戻って演じるのさ。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・おばあさんは桃太郎の話を良くしてくれた。

ああ、あのひとはもう既に物語の中の人だからね。
他の話はしないのさ。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・おいらはおばあさんの話のとおり、野武士を退治してきたぜ。

あの野武士は、おまえの前の”桃太郎”たちさ。
戻ってきてわしを脅したから、おまえさんに退治してもらった。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

・・おいらは話のとおり、鬼ヶ島で鬼を皆殺しにしてきたんだぞ。

角なんか生えてなかっただろ。
おまえさんが襲ったのは島の漁村のひとびとだ。
おまえさんの非道のうわさは伝え聞いているよ。
おまえさんの首には懸賞金が懸かっているよ。
たいした・・おたずねものさぁね。
鬼だって?
鬼はとうのむかしに本物の桃太郎が退治してくれたよ。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

 なんともしれない気持ち悪さと、こらえられない怒りが湧き上がった。
このにこやかに淡々と語るおじいさんこそが退治すべき鬼畜ではないのか。
熱い血潮が全身に走り、正義の義憤が燃え盛った。
いや。
正義だと?なんの罪のない漁民を血祭りにあげてしまったこの俺が。
世の中が二重に見えてめまいがした。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ

わしを殺すなら、殺してくれてかまわない。
だが、あのひとをひとりだけにしておくのは忍びない。

どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
どんぶらこ、どんぶらこ
作品名:どんぶらこ 作家名:平岩隆