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怒りんぼのカオリちゃん

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「な、なによ、いきなり後ろから声をかけるなんて、ひきょうよ」
 言いながらカオリは、特撮ヒーローが宇宙怪獣に立ち向かうときのポーズそのままに身がまえた。ユウのやつ、きっとまたなにか手の込んだ意地悪をたくらんでいるに違いない。こいつは気を抜いていると、あの前歯の欠けた口からぼわーって火でも吐きかねない危険人物なのよ。油断大敵、火の用心っ!
 でも緊張して顔をこわばらせているカオリをよそに、ユウはへらへら笑いながら言った。
「えびす屋のクジひいたらこれ当たったんだけど、俺クッキーなんて食べないからおまえにやるよ」
 それは高級そうなクッキーの絵が印刷された、きれいな四角い缶だった。カオリの持っている缶ペンケースを四つ重ねたくらいの大きさ。ちなみに、えびす屋というのは小学校のななめ向かいにあるボロッちい駄菓子屋、クジは一回五十円で、大当たりをひくとモデルガンがもらえる。
 カオリは空港の税関にいる麻薬犬ばりに、ユウのクッキーから危険な罠のにおいをかぎとろうとした。くんくん、くんくん。意地悪ひねくれユウのやつが、ただでクッキーなんてくれるはずがない。賞味期限切れか、あるいは自転車のかごから落っことして粉々に割れたやつか、いやひょっとすると中身はクッキーなんかじゃなくてイヌのうんちかもしれないぞ!
 なかなか受け取ろうとしないカオリにしびれを切らして、ユウが缶をぐいっと押しつけてくる。なぜか、ちょっと照れてうつむいてる。それを見て、ヤッちゃんとミーコとサワちゃんが手を打ってはやしたてた。
「やったね、カオリっ。これってホワイトデーのクッキーじゃん!」
 でもカオリはホワイトデーを知らない。
「なにそれ? クッキーがもらえるイベントなの?」
 ユウが、おどろいたような顔をした。
「なにおまえ、ホワイトデーも知らないのか? おっくれてるぅー」
 サワちゃんが、にやにや笑いながら言った。
「ホワイトデーっていうのはね、男子がバレンタインデーにもらったチョコのお返しをしたり、好きな女子にクッキーをプレゼントしたりする日なのよ」
 それを聞いて、たちまちユウがぷーっと頬をふくらませた。
「ば、ばかっ、おれは、こんなやつのことなんか好きじゃねーよ。このクッキーは、たまたまクジをひいたら当たったんだ」
「ウソばっかり。えびす屋のクジにクッキーの当たりなんてないわ。あんたそれ、カオリにあげるためにわざわざ買ってきたんでしょう」
 ミーコとヤッちゃんも、サワちゃんに同調する。
「あんたカオリのこと好きなんでしょう? 隠さなくたっていいわ、いつもこの子にちょっかいかけてるもんね」
「そうそう、クジで当たったなんてウソつかないで、素直に好きですって言って手渡せばいいのよ」
 三人に詰めよられて、ユウは真っ赤になって怒った。
「うるさい、うるさいっ! だれがこんな怒りっぽい女なんか好きになるもんか、せっかくひとがクッキーめぐんでやるって言ってんのにケチつけやがって」
「ううう……」
 カオリは怒ってない、カオリは怒ってない、カオリは心の広い女の子、こんなつまんないことで怒るもんですか、あーバカバカしい。
「あたしそんなのいらない! これから家に帰ってママの焼いたホットケーキ食べるんだから」
 ユウにあっかんべーすると、カオリはゴム長靴をぱたぱたいわせて駆け出した。うしろからヤッちゃんたちの声が追いかけてきたけど、ふり返らなかった。ユウのバカ、今ごろ泣きべそかいてるかしら。