笑門来福! 新作落語の間
「やっこもあるぜ」
「……まさか酢豆腐ってこたぁねぇだろうな」
「よせやい、匂いでわかるだろうよ」
「……ああ……確かに……うん、大豆を奢りやがったな、良い豆腐だよ、こりゃ……」
「今日は冷えるからな、ふぐ鍋ってのはどうでぇ?」
「………………(激しく首を振る)………………」
「ははは、じゃ、天麩羅はよ?」
「……やっぱり油ものが……」
「おいおい、たいがいにしろよ、何も頼めやしねぇじゃねぇかよ」
「まあ、今のはこっちも冗談だがよ」
「まあ、じゃ、天麩羅ってことにしようじゃねぇか……お、姉さん、天麩羅を二人前頼まぁ」
「このうちに13年いる姉さんじゃねぇだろうな……」
「なんのこった?」
「いや、こっちの話だ、お前ぇは知らねぇよな……何しろ俺の下駄履いて帰っちまったんだから……」
「執念深ぇね、どうも」
「まあ、今日はここでゴチになろうってんだからもう何にも言わねぇよ」
「ところでお前ぇ、名前は何て言ったっけな、すまねぇ、すっかり忘れちまってよ」
「人に名前を聞くときは自分から名乗るもんじゃねぇのかい?」
「ああ、そうだな、悪かったよ、一八」
「おっ?……どうしてその名前を?……」
「落語で幇間って言やぁ一八と相場が決まってらぁ」
「まあ、与太郎って言われなかっただけマシだと思うことにしとくよ、お前ぇはよ?」
「俺か? 俺は左平次ってんだ」
「さっき一仕事したばかりだと言ってたが、仕事は何でぇ?」
「居残りよ」
「居残りぃ?」
「お前ぇ、幇間の癖に居残りを知らねぇか?」
「馬鹿にするねぇ、俺だって廓に出入りすることくらい……ん? 待てよ、左平次で居残り……居残りで左平次……お前ぇ……まさか」
「そうよ、世間様にゃ『居残り左平次』って呼ばれてるみてえだな」
「……道理で……相手がいけねぇよ、こりゃぁ……」
「知ってくれてるようだな」
「知ってるも知らないも……あんときゃあれで済んで良かったよ、下手すりゃ尻の毛まで抜かれちまうところだった」
「下駄を忘れてるぜ、糸柾の下駄、ありゃぁなかなか良いもんだよ、今日も履いてらぁ、お前ぇ、間は抜けてるけど目は確かだな」
「お褒めに預かって光栄だよ、全く……はいはい、下駄は差し上げやしょう、名高い左平次様の手口をご伝授いただいた謝礼だと思えば安いもんだ」
「ははは、だから悪かったよ、あん時ゃ」
「その通り名を聞いちゃ酒を飲んでもちっとも酔えねぇや……はばかりに行く時は言っとくれ、お供しますよ、ちゃんと見張ってなきゃ危なくてしょうがねぇからな」
「でぇじょうぶだよ、今はおあしがあるんだ、ある時ゃあんなせこい真似はしねぇよ」
「お前さんに取っちゃせこい真似でもね、こっちにはおおごとだったんだ」
「ははは、じゃぁ、こうしようじゃねぇか……ほら、こいつをお前に預けとくからよ」
「ほらって、お前ぇ……小判じゃねぇか……」
「そいつでここの払いをしてもらおうじゃねぇか、足りるだろう?」
「足りるも何も、料理屋に居続けしようってんじゃねえんだからよ……」
「釣りは取ってもらってかまわねぇからよ」
「釣りって……これじゃ釣りの方がまるで多い……」
「いいってことよ、あん時ゃお前ぇに迷惑かけたからな、今度は俺が身を切る番よ、お互い様ってことがあるだろ?」
「……お前ぇ……案外良い奴なのかもな……」
「居残りを商売にしてる男なんざ堅気とは言えねぇよ、良い奴だなんてわけがあるけぇ」
「だけどよ……まあ、義理堅いところはあるよな」
「義理じゃねぇよ、友達じゃねぇか」
「友達ぃ?」
「鰻屋で一度、今日二度目、二度酒を酌み交わしたんだ、友達と言っても良いんじゃねぇかい? 嫌かい?」
「……友達って……まあ、あの居残り左平次と友達だって言やぁ、ちったぁ自慢できるけどよ……」
「廓でそんな話するんじゃねぇぜ」
「ああ、わかってるよ……うん……あたしがねぇ……あの居残り左平次とね……」
「どうでぇ、友達になった証に吉原(なか)にでも繰り出すってのは」
「おっと、来なすった……危ねぇ危ねぇ……居残りの片棒でも担がそうってんじゃ……」
「居残りの片棒ってのがあるかよ」
「いや、まぁ、わかんねぇけどよ……」
「考えてもみねぇ、こんだけ入ぇった紙入れ持ってるんだぜ、居残りなんてできるはずもねぇやな、そこんとこは良く知ってんだろう?」
「まあな……どこに隠したっておばさんが見つけちまわぁ……あ、俺に紙入れを預けてドロンするつもりじゃ……」
「そしたらお前ぇが紙入れ持ってんだ、何か問題があるかい?」
「それも……そうだな……」
「第一このなりだぜ、自慢じゃねぇが安かねぇよ、身包みはがされらぁ」
「確かにその通りだな……」
「お前ぇは商売柄吉原にゃちょくちょく行ってるんだろうけどよ」
「そこまでの幇間ってわけでも……」
「たまにゃ客で行ったらどうだい?」
「まあ、客で行くのは随分と久しぶりで……」
「俺ぁよ、あそこじゃちぃっとばっかり面体が割れてんだ、俺一人で行ってみねぇ、こいつは人相書きに似てやがる、怪しい、ちょっと待て、なんてことになるのが関の山よ」
「それは……そうかも知れねぇな……」
「だからよ、二人連れで行きてぇんだよ、二人連れならいちいち人相書きなんざ見やしねぇだろ?」
「それも……そうかもしれませんねぇ……」
「おあしがあるってぇのに遊べねぇなんて面白くねぇじゃねぇか」
「たしかに、そうかもしれませんねぇ~~」
「心配ぇねぇって、これも人助けだと思ってよ、行ってくれねぇか?」
「あぁまあ~そいじゃ~行くとしましょうかぁ~~~~」
すっかり声が裏返っちまいまして……。
ってなわけで、また何かやられるんじゃないか?なにか企んでるんじゃないか? なんて心配しぃしぃ……そんなんで吉原行っても面白くないでしょうにね、でもすっかり左平次のペースに乗せられて繰り込みます。
「おうっ、若ぇ衆、二人だよ、登楼(あが)らしてもらうぜ」
「へぇ、いらっしゃいまし、お早いご決断で……え? あ、ちょっと、お客様……」
「なんだい?」
「ちょっとお待ちを……」
「……またこれだよ、迷惑してるんだよいつも……左平次に似てるって言いてぇんだろう?」
「いえ……決してそのような……」
「いいんだよ、良く言われるんだ、どうもよっぽど似てるらしいな、なあ、相棒」
「え? あ……ああ……そうなんだ、よく間違われてねぇ~~~~」
「ほら、相棒もこう言ってるだろ?」
「これはとんだご無礼を、どうぞお登楼りに……お登楼りになるよぉ~~」
なんて具合に、まんまと登楼り込んでしまいます。
その頃はって言いますと写真なぞまだございませんで、もっぱら人相書きですから、ちょくちょく似てるって言われるんだ、と言われればそんなものかな? と思いますし、友達に口裏を合わせられれば、お上と違って客商売ですから疑ってかかるわけにも参りません、ましてなりは良いし、相棒もきっちり羽織ですからおあしも持っていそうに見える。
左平次もその辺は心得たもので、考える間を与えません。
「おう、これはお前さんにだよ」
「へぇ、どうも……え? いいんですかい?こんなに」
「いいってことよ、その代わり愉快させてくれなくちゃ困るよ」
作品名:笑門来福! 新作落語の間 作家名:ST