笑門来福! 新作落語の間
「へぇ! 万事お任せを」
なんてやられりゃ、もう最初の疑いなんぞ月の裏側まで吹っ飛んでしまいます。
一八のほうはって言いますと、最初のうちこそ『何かあるんじゃないか、急にドロンと消えちまうんじゃないか』とびくびくしておりましたが、元より酒好き、酒が元のしくじりを重ねて野だいこに落ちぶれた位なものですから、二、三合も入って心持が良くなってくるってえと。
「芸者上げろぃ! 幇間呼べぃ!」
なんてね、いつもなら自分が言われているようなことを言ってみると、気持ち良ぉ~~くなっちゃいまして、左平次のほうにも怪しいそぶりはひとつも無いもんですから、ついつい何もかも忘れて。
「ぅわぁ~~~~~い!」
ってな具合に盛り上がっちまいます。
「えぇ、お早うございます、お早うございます」
「ん?……う~ん……あれ? ここは?……そうか、夕んべこのうちでどんちゃん騒ぎを……そう言ゃ、夕んべの相方、いい女だったねぇ、水がぽたぽたと滴ったね、階下に漏れやしねぇかと心配になりましたよ……あたしの働きじゃおいそれとあんな良い目は見られませんよ……そうだよ、あんないい女が来ると知ってりゃあんなに飲むんじゃなかったね……」
「えぇ、お早うございます、お早うございます」
「はいはい、起きてますよ、どうぞ」
「ええ、どうも、お早うございます」
「ああ、お早う」
「夕べはどうもありがとうございました」
「こっちこそ愉快させてもらいましたよ、ねぇ……酒がいい、肴がいい、芸者は腕っこき、幇間は……それは置いといて、女がまた良かったねぇ、あんないい女、見るのも久しぶりでしたよ、ヨイショじゃありませんよ、心からそう思うんだ、愉快させてもらいました……ところで相棒はどうしてます?」
「今朝早くにお発ちになりまして」
「帰ったぁ!?…………うわぁ大変だこりゃ……またやられちゃったじゃねぇか……今度こそただじゃ済みませんよ、鰻どころの騒ぎじゃない、夕んべの騒ぎなんかどれだけかかったか知れませんよ、下手したらあたしは生涯このうちでただ働きだ……」
「何か?」
「いや、なんでもない……ゆ、夕べのお勘定ですけどね、い、い、いくらになってます?」
「へぇ、〆て五両と五分で」
「五両五分ぅ~~~~?」
「へぇ、左様で」
「や……安いね、あれだけのお、大騒ぎをしたにしちゃ、や、や、安いですよ」
「そう仰って頂けると、あたくしどもも嬉しゅうございますな」
「そりゃ嬉しいでしょうよ……いや、こっちの話、気にしちゃいけませんよ、あれだけ愉快させてもらってそれだけってのはご内証の働きってやつですよ、偉いねどうも、一期一会で終わらせない、裏を返して馴染みになってもらおうと言う了見ですね? おみそれしやした」
「へぇ、今後ともご贔屓に……」
「で、か、勘定書きだけどね……」
「お勘定のほうはもう頂いておりますので」
「え? 済んでるの?…………はぁ…………なんだ……驚かしちゃ嫌ですよ…………左平次さんすまねぇ、一瞬でもお前さんを疑った一八を許しておくんなさいよ……あれ? あたしの着物がありませんよ」
「へぇ、お連れさんがお召しになりまして……なんでもこれから仕事に行くのにあのなりでは目だって具合が悪いからとかおっしゃいまして……代わりにお連れ様のお召し物がそこに畳んであるのでございますが……よろしゅうございましたでしょうか?」
「これ?……あ……ああ……構いませんよ、構いませんとも…………そうか、また偉ぇや、律儀な人だねぇ……下駄と草履をとっかえたお返しってやつですよこりゃ……恐れ入りやした、生涯付き合いたいね、ああ言う人とは……」
「まだお帰りには?」
「まだならない、もう少しゆっくりとね……(小声で)なんとなれば昨日の釣り銭があるからでぇじょうぶだ……」
「は?」
「いや、こっちの話、気にしなくてようござんすよ」
「では、ごゆるりと」
「はいご苦労さん……」
どうせ仕事と申しましてもとりつく島を探してぶらぶらするだけですから、一八は朝っぱらからちょいとこんなこと(酒を引っ掛ける仕草)をしながら、昼近くまでごろごろしてから店を出ます。
「ああ、お天道様もだいぶ高くなっちまった……でもいいや、どうせ堅気の仕事じゃねぇんだからなこっちは……ああ、いい心持だ、気持ちが軽くなるとなんだか体まで軽くなるね、たまにゃこんな良い目もみねぇとな……思えば辛い日々でしたからねぇ……一八は心を入れ替えて働きますよ、良い旦那をめっけて、しっかりヨイショしてがっちりと懐に呼び込んで……いいね、心置きなく遊ぶと勤労意欲がふつふつと湧き出してくるってやつですよ、どうも……おや? なんだろう?……」
見れば大門の脇にたむろしていた屈強そうな男たちが四、五人、薪ざっぽうを手にこっちを目指して走って参ります。
「おう! 見つけたぜ、左平次、よくもいけしゃあしゃあと大門をくぐれたもんだ」
「え? 左平次? あたしが?」
「その着物だよ、上から下までウチの旦那からせしめたそのまんまじゃねぇか」
「え? この着物が?」
「夕べな、二浦屋さんに登楼って行くところを見たんでぇ、まさか踏み込むわけにも行かねぇからここで待ち伏せしてたってわけだ」
「(膝を打つ)道理でろくすっぽ女も見ずに……」
「こいつ、覚悟しやがれ」
「あ、待って、違……痛い痛い、違うんですよ」
「何が違うだ! 往生際の悪い」
「確かに夕んべは左平次さんと一緒にいましたけど、痛い痛い、あたしは……あたしは違う、あたしは幇間の一八と言う者で……あ、やめて、痛い痛い」
「何ぃ? 一八だぁ?おい、ちょっと待て……あ、本当だよ、座敷で何度か見かけたことがあるよ、確かにこいつは幇間の一八だ……やい、一八、お前ぇ、なんだってウチの旦那の着物なんぞ着てうろついてやがんでぇ」
「あたしの着物は左平次さんが着て行っちまいやして……」
「え? 左平次が?……しまった! さっきの奴だ、手ぬぐいで鼻から下を隠してやがって怪しい奴だとは思ったんだが……」
「あっ、あのくしゃみばかりしてた野郎のことですかい?……」
「そうに違ぇねぇや、まさか着物を替えてるとはな、してやられたぜ、悔しいったらないねどうも……おう、一八、お前ぇもどじだぜ、左平次に一杯食わされたんだ、まぁ、働かないで良い思いをしようとした罰だと諦めてくんねぇ……でもまあ、間違えた方も悪りぃや……棒で叩いたりして済まなかったな、でもお前ぇも幇間(たいこ)だ、棒で打たれるのには慣れてるだろう?」
「いえ、もう罰(ばち)はこりごりで……」
作品名:笑門来福! 新作落語の間 作家名:ST