笑門来福! 新作落語の間
「これかい?……曲がりなりにも寿司と名のつくものにソースかけて食うんだ……まあ、トンカツも日本料理って言えないこともないけどさ……おいおい、トンカツの次はなんだ、この甘そうなのは」
「あ、それ、バナナキャラメルです」
「バナナキャラメルぅ? いや、バナナのスライスにキャラメルシロップはわかるよ、それ単独で皿に乗ってりゃな、だけどお前ぇ、それを寿司飯に乗せようって発想が俺には湧いてこないね、バナナもはるばるフィリピンかどっかからやってきて、寿司飯に乗せられようとは夢にも思わなかっただろうね」
「俺、それ好きなんですよね」
「あ……そう…………甘い寿司が好きなの、バナナキャラメルが……」
「キャラメルコーンもお勧めですよ」
「いらないよ、そんなのは」
「ネタの甘さと寿司飯の酸味が絶妙にマッチしてるのになぁ」
「…………あのよ……百歩ゆずってバナナキャラメルもキャラメルコーンも認めようじゃねぇか、だけど、どうしたって認められないのがこれだ! このオレンジから赤のグラディエーションになってるのは一体何だ!?」
「あ、それ、トロピカルサンセットです、ネタは赤身ですよ」
「見りゃ分かるよそれは、わからねぇのはシャリの方だよ」
「グレープフルーツのシロップが沁みこませてあるんですよ、オレンジ色のと赤いやつの」
「あ……そう…………ずいぶん手間暇かけてるんだな」
「それ、結構難しいんですよ、俺、まだそれ出来なくて……」
「そうかい、そうかい……まあ、寿司職人歴三日じゃそんなもんかも知れないけどな」
「職人って言うか、短期のバイトなんです」
「あ……そう…………もう何聞いても驚かないけどね……」
最初の上機嫌はどこへやら、それでもこの男、腹は減っていたと見えまして、九皿を平らげます。
「ああ、食った食った、お兄さん、おあいそ」
「へい! 精算お願いしま~す!」
「精算ね、何だか事務的な響きがするね……まあ、でも、時価とか書いてある寿司屋でさ、なにも見ないで、ぱっと、いくらいくらです、とか言われると、本当に合ってるのかな? とか思うよな、そう言うのは粋じゃねぇとは知ってるけどさ、こちとら江戸っ子でもあるけど現代に生きる庶民でもあるからな、その点、こう言う店は明朗会計で良いよな……ああ、来た来た、おお、姉さん、手際がいいね、最初にぱっぱと皿の色ごとに重ねて……」
「一ま~い……二ま~い……」」
「おいおい、番町皿屋敷かい? この店は……おっと、そりゃそうと、今何どきだい?」
「今ですかぁ? 三時で~す、四ま~い、五ま~い、六ま~い、七ま~い、八ま~い、九ま~い、十ま~い」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、もう一度数え直してみちゃくれねぇか?」
「え? 間違えました? ……あら? 本当だ、一まい足りな~い……」
時蕎麦ならぬ、時・回転寿司の一席でございました、お後が宜しい様で……。
作品名:笑門来福! 新作落語の間 作家名:ST