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笑門来福! 新作落語の間

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2. 『時・回転寿司』



「あ~あ、すっかり打ち合わせが伸びちまって、もうこんな時間だよ、昼どころか八つ時だよもう……お、ここの回転寿司、いつも混んでて入れなかったけど、この時間だとさすがに空いてるね、へへ、昼時分を外れるのも悪いことばかりじゃないね、入ってみよう……邪魔するよ」
「へぃ! ぃらっしゃいませ!」
「おっ、威勢が良くていいね、女の子に黄色い声で『いらっしゃいませ~』とか言われるのは……まぁ、それはそれで悪くねぇけどよ、威勢良く『ぃらっしゃい!』と言われると、何だかネタもひとまわり活きが良さそうな気がするじゃねぇか……そうだな、まずは赤身を握ってもらおうかな」
「へぃ! お待ち!」
「早い! 早いねぇ、こちとら江戸っ子を気取ろうってンじゃねぇけどよ、ポンと頼んでパッと出てくるってなぁ気持ちがいいじゃねぇか、物事はこうテンポ良くトントンって進まなきゃいけねぇや、それによ、グズグズ握られたんじゃせっかくのネタも暖まっちまうってもんよ」
「へへ、有り難うございます」
「いやね、いくら回転寿司って言ってもよ、こうやって面と向かって注文できるんだから、そうしてぇじゃねぇか、ぐるぐる何周も回って半分乾いちまった寿司なんて食いかねぇやな、近頃じゃタッチパネルで注文して、流れて来るとポーンとかチャイムが鳴るチェーン店もあるけどよ、やっぱり職人さんの顔を見ながら握ってもらうのが一番だよな……おっと、俺としたことが寿司を前にして話し込むなんざ面目ねぇな……したじを……おい、良い醤油使ってるねぇ、ほんのり赤みがさしてらぁ、むらさきって位だ、こう来なくちゃな、真っ黒な醤油なんざ塩辛いばっかりでいけねぇや、兄さん、こいつはどこの醤油だい?」
「さあ……ウチもチェーン店なんで、本部から送られてくるんですよ」
「あ……そう…………あ、でもよ、有機丸大豆厳選醤油とかじゃねぇの? あ、それともほら、近頃じゃ空気に触れないパックとかあるじゃねぇか、ああ言うんだろ?」
「ポリタンクで送られてくるんで……」
「あ……そう…………いや、いいんだ、美味けりゃいいんだからな……あ、そうだよ、一日で使い切っちまえば空気に触れるも触れないも関係ねぇやな」
「一週間分まとめて送られて来るんですけど……」
「あ……そう…………むらさきに見えるように何か入ってるのかね……」
「お客さん、ネタ乾いちゃいますよ」
「おお、そうだそうだ、俺としたことが面目ねぇな……ひっくり返してネタにしたじをつけて……と……うん、美味いね、刺身なんて生魚を切るだけじゃねぇかなんて言う奴もいるけどね、わかっちゃいねぇよな、切りようで魚は美味くも不味くもなるってもんだ、兄さんはどれ位修行したんだい?」
「三日目ですけど……」
「三日?…………あ、わかった、寿司握るようになって三日だろ? その前は料亭かなんかの板さんだったとか……」
「いえ……」
「あ、わかった、魚河岸だ、魚河岸で魚さばいてたんだろ?」
「鳶でしたけど……」
「あ……そう…………鳶職ね……うん、どうりで威勢が良いわけだ、だけど三日目にしちゃ上手くこさえてあるよな」
「切り身になって送られてくるんで……」
「あ……そう…………あ、でも、ほら、このシャリの握り加減なんか上手ぇもんだぜ、こう、シャリのまんまっ粒の間に適度な隙間があると言う……」
「奥の機械が握ったのをここに運んでくるんですけど……」
「あ……そう…………機械がね……最近は機械も馬鹿にならないね……次は、そうだな……コハダをもらおうかな」
「へい! お待ち!」
「早い!……のは当たり前なんだよな……タッパーから出したコハダを握ってあるシャリに乗せるんだろ?」
「お客さん、良くご存知で」
「わかるよ、そりゃ、刺身も切ってねぇんだもん、コハダを仕込んでるはずがねぇよ……うん、でも酢の加減がいいね、酸味の奥にほんのりとした甘みが……みりんか何か入ってるんだろうけどよ」
「袋には人工甘味料使用って書いてありますけど」
「いいんだよ、そんなのはいちいち客に言わなくても……次は……ギョク貰おうかな」
「すみません、ギョクってなんですか?」
「知らねぇの?……まあ、三日目じゃそんなもんかも知れねぇけどな……あのな、玉子焼きのことだ、玉子の玉をギョクとも読むだろ?」
「ああ~、なるほど……握りますか?」
「やっぱりいいや……どうせ出来てるのが本部から送られて来てるんだろ?」
「へぇ、ちゃんと均等に切り分けてあります」
「みなまで言わないでも良いんだよ」
「切り分けた後の端っこはどうするんでしょうね?」
「知らないよ、そんなことは」
「何か握りますか?」
「……じゃぁ……アナゴを貰おうかな」
「へい!…………お待ち!」
「ふ~ん、ツメだけはそこで塗るみたいだな……『へい!』と『お待ち!』の間に一瞬のタメがあったからな……おっと……まさか江戸前のアナゴだとは思わないけどよ、まさか代替魚じゃねぇよな」
「へい、ちゃんと袋にもアナゴって書いてあります」
「そうかい、そいつは感心だな、なんだかわけのわからねぇ魚食わされてると思うと気分悪いもんな」
「中国産クロアナゴ……」
「あ……そう…………教えといてやるけどさ、クロアナゴってのは似て非なるもんだからね、おまけに中国産と来りゃ何を食って太った魚だかわかりゃしねぇからな……まあ、でも、百円だからな、仕方ねぇよな……うん、味は悪くねぇよ……美味いよ、でもよ、なんか舌が騙されてる美味さのような気がしちまうんだよなぁ……」
「中国産といえば他にも……」
「言うな……それ以上言うな、あのな、教えといてやるけど、世の中には知らないほうが幸せだって事はいくらもあるんだからな……それはそうとさ、さっきから流れてるのも見てるけど、お前さんのところはカリフォルニアロールだとかああいう妙なものは回ってないね」
「へい、カリフォルニアロールは置いてないんで」
「だよな! ありゃ寿司じゃねぇよな! 少なくとも日本人が食う寿司じゃねぇよな! 寿司にマヨネーズなんかかけねぇよな! ましてチョコレートソースとか論外だよな! わかってるじゃねぇか、嬉しいじゃ………………言ったそばからこれは何だ?」
「あ、それ、エビの天麩羅です」
「ふぅん……まぁ、天むすとかあるからな、まあ、ものは試しって言うからな、ひとつ食ってみるよ……え~と、兄さん、天つゆとかねぇの?」
「すみません、ありません」
「あ、そう、じゃぁ塩は? 抹茶塩とまでは言わねぇからさ」
「ここにはないんですよね、調理場から取ってきましょうか?」
「調理場からって、そこは調理場じゃねぇのかよ まあ、いいや、したじでも……う~ん、やっぱり寿司飯とはあんまり相性良くはないね、なんだかパサパサしちゃってもう…………おいおい、天麩羅はまだ許すとして、これは何だ? この茶色いのは」
「あ、それ、トンカツです」
「トンカツがシャリに乗ってんの? これは何をつけて食うんだ? まさかしたじじゃねぇよな?」
「お手元にソースのパックがありますけど」
作品名:笑門来福! 新作落語の間 作家名:ST