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テオブロミン

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https://www.youtube.com/watch?v=vDHWEmMa-5k
Tomita- Infernal Dance of King Kastchei


翌日、目が覚めると晴れ渡っていた。
辺りを見回しなにものも居ないことを確認すると
下の方向に向かって走り出した。
暗い森に迷うことのないように見通しのきくところを
只管、雪原を駆け下りた。

下に向かえば、いずれはどこかの人家があるだろう

そんな思いで
雲ひとつなく晴れ渡っていたこともあり足取りは軽かった。
途中工事の際に投げ捨てたのであろうセメント袋
が散乱するのを見つけそれらを集めて尻の下に敷き
ソリ代わりに雪原を滑降した。
やがて川の流れる音が段々大きくなり
湖に沿った舗装道路に出た。
すると無意識に笑みが漏れた。
急速に感情というものが甦っていくのを感じた。
文明世界に戻ってこれたことが嬉しかった。
湖の彼方岸にはダムなのだろうか構造物が見える。
夕暮れ迫る中、ダムを目前に愕然とした。

ダムに繋がっているはずの鉄橋が流されていたのだ。

地図を載せた看板が立っていた。
このダム湖は周囲34キロと書いてある。
道の反対側は綺麗に掘削したような絶壁が連なっている。
大声でダムの方に叫んでみても人影も見られない。
またこの辺りで寝床に困らなければならないのか。
自暴自棄になりながら
地図の看板を再び見ると1キロ程戻ったところに
電力会社の保線小屋があることが分かった。
ひょっとしたら電話があるかもしれない。
もしかしたら人がいるかもしれない。
そう思いながら保線小屋に向かった。

湖と道路を挟んで20メートルほどだろうか登ったところに
粗末な保線小屋はあった。
電線が引き込まれているが、照明が点いていないところを見ると
人はいないようだった。
だが、『こういった山の中の保線施設は遭難者の為に鍵をかけない』
等と訊いたことがある。
すると確かに・・保線小屋の入り口のドアは空いていた。
壁にあるスイッチを入れると明々と裸電球が光りだした。
明るい部屋がこんなに嬉しいものか、と。
中には保線作業に使うのであろう電線やら道具やらが置いてあったが
その奥にはテーブルとイスが並んでいた。
その脇にはストーヴがある。
火を点けると部屋は暖まりはじめた。
そのうちのひとつのイスに座りこみ、息をついた。
ダウンジャケットのポケットをまさぐると箱があった。
取り出すと・・娘の手作りのバレンタインのチョコレートだった。
小奇麗なラップをとり蓋を取ると、粗削りだが・・チョコレートには違いない。
ひとつ頬張ると、涙が出てきた。
空腹もあったが、この世にこんな美味いものがあったのか!
糖が全身に回り、小笑いさえ沸き起こった。

椅子に座ると電話機が見えた。
受話器を取り手漕ぎハンドルを回すと人の声が聞こえた。
嬉しさのあまり声が上擦った。
「遭難して・・保線小屋に辿りついたんですが・・」
すると相手は驚いたようで、この小屋にある装備について
説明を始めた。
ストーブの灯油は奥の間の床下にある、とか。
非常食はレトルトのものが茶箪笥の上に入っている、とか。
電気の引き込み線が切れても
自動的に蓄電池に切り替わり
そのまま発電機により発電が始まる、とか。
などなど・・・。
「で・・あなたのお名前は・・」

そこで電話が切られた。恐らく線が切られたのだろう。
そしてあの忌まわしい咆哮がすぐ外で聞こえた。

うーヴヴヴヴヴヴヴううぅぅォォォォォーッ!!

アイツは追ってきていたのだ!
力任せに小屋に体当たりをしているのか小屋が揺れた!
そして鍵のかかっていないドアが力任せに開けられ
昨夜見た長く凶暴な毛むくじゃらな腕が闇の中から入ってきた・・!
凶暴な侵入者と目が合った。
その異様な姿に慄然とした。
毛むくじゃらの哺乳類には違いない。
だが身の丈凡そ170センチの二足歩行で
腕をだらりと膝まで垂らしその先には例の鋭利な鉤爪がある。
その姿はまるでゴリラか人間か_。
旺盛な食欲を示すような凶暴な牙を剥き出し
頻りにクンクン臭いを嗅いでいるのか鼻を動かして
ジリジリと距離を縮めてくる。
ひょいとテーブルの上に飛び乗ると、私は既に退路を失っていた。

うーヴヴヴヴヴヴヴ

威嚇しているのだろうか、鋭い眼光を放つ眼は離れることはない。
黄色い牙を剥き出しにして顔を覗き込んでくる。
ああぁこの怪物に喰われてしまうのか・・・

ところが怪物の注意はテーブルの上のチョコレートに向かったようで
鉤爪に突き刺して観察を始めた。
そして臭いをクンクンと嗅ぎまわり、長い舌を伸ばし恐る恐る味わうと
驚いた顔をして、ひとかけらを頬張る。
すると予想だにしなかった行動を起こしたのだ。

怪物はこちらを見ると・・。
顔面神経痛患者のように顔を歪めて顔を傾げた。
初めて食したのだろうか、戸惑いのような表情を見せた。
そして・・笑ったのだ!
そして興奮したようにもうひとかけら口にすると
今度はまるで先程私が上げたような笑い声をあげたのだ。
すると私もなんだか楽しくなって笑い声をあげると
怪物と二人で大笑いした。
怪物は私に何度か触れてきた。
さらに私はチョコレートをひとかけら差し出すと、喜んだ。
この怪物には感情がある。
箱ごと持って行け、とばかりに箱を渡そうとすると
怪物は「残りはお前が喰え!」とばかりに拒んだ。
そして笑顔を見せながら、ドアから出て行ったのだ。


作品名:テオブロミン 作家名:平岩隆