ローストターキー
ローストターキー
https://www.youtube.com/watch?v=OjC9UuA45y0
バッハ 主よ人の望みの喜びよ
コトコトコトコトと鍋から音がする。
クランベリーソースの甘い香りが漂う。
ガーリックバターの強い香りが混じり合う。
トントントントンと包丁がオニオンを刻む音がする。
ジュワーッとオイルが跳ねる音がする。
ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、力の入った肉包丁の音がする。
子どものころからクリスマスの日の午後はおばあさんがクリスマスディナーを作ってくれた。
そのメインディッシュは勿論おばあさん自慢のターキーの詰め物料理。
家族が揃うとおばあさんはターキーを上手に切り分ける。
ターキーの中から香ばしいオニオンのソテーが顔を覗かせる。
更にここにおばあさん特性のクランベリーソースがたっぷりとかけられる。
喜んで口に運ぼうとすると、おばあさんはお祈りをなさい、と静かに云う。
クリスマスを祝って。
するとおばあさんはにこやかにこう告げる。
「さあ、召し上がれ。」
そしてターキーを口にする。
豊饒な甘みと酸味が入り混じったクランベリーソースが肉汁に絡み合い
そこにガーリックソテーされたオニオン独特の甘さが加わる。
子どもの舌にはなんとも複雑な、それでいて豪華で贅沢な味であることは間違いなく分かっていて。
生まれてからターキーはおばあさんの手作りでしか食したことがないので
美味いも不味いもない・・・これこそが至高の味だった。
しかし父と母はそうは思わなかったようだ。
確かに年々おばあさんは段々と物忘れがひどくなっていって・・。
買い物に出かけて自分がどこにいるのか分からなくなってしまったのはつい春先のことだ。
おじいさんの遺産を預けた銀行の預金証書が見つからないと家中を探し回ったのは夏のことだ。
さすがに寒くなってからというもの昔のように朝早くには起きてこなくなったが昼まで寝込むこともあった。
「認知症になってからじゃ後見人は決められないのよ、今のうちに私たち夫婦を後見人にしておいて頂戴な。
でなければ生前贈与という方法もあるわ。」
「なにかあった後じゃ遅いですからこの前の生命保険の増額をしておいた方がいいですよ。」
更に出戻ってきた叔母ときたら「さっさと楽になってもらった方が皆のためじゃない~」
などと、とんでもない口をきく始末。
父と母・・そして叔母はおばあさんの遺産を狙っている・・。
父の経営する会社はこの不景気で仕事が入ってこなくなった。
母のブティックも閑古鳥が鳴いている。
叔母は慰謝料の支払いに困っている。
そして、冬のある日、おばあさんが亡くなった。
高血圧の持病のあった人であったから。
浴室に入るときに脱衣場で倒れた。
急激な温度変化による心筋梗塞。
桜には早い寒い日に葬儀がしめやかに行なわれた。
おばあさんが高齢の為、来るものも多くはなかった。
桃の花が咲き終わった頃、納骨された。
だがその一部は私の手元に残された。
「変な子ね・・でもあなたは”おばあちゃん子”だったから。」
焼きあがった遺骨のいくつかを粉にして私のペンダントに収められた。
おばあさんの死は、家族に大きな富をもたらした。
死の直前にかけられた生命保険も功を奏した。
遺言も見つかり・・しかしそれはあまりにも形式的なもので法律通りのものだった。
父の経営する会社は綺麗に清算され新たな投資を始めた。
母のブティックは駅前に支店が出来た。
叔母は慰謝料を払い、新たな恋人を見つけ家を出た。
表面的には皆、金銭的には潤った。
「ホント、おばあさんの御蔭だよ」
家族に笑顔が戻った。
だが、それは偽りの笑顔。
私は知っている_。
「今の時代、葬式代だってバカにならないですよ」と巨額の生命保険を奨めた父を。
「膝が痛いのは、きっと薬がおばあさんの身体には強すぎるのよ」と薬を減らした母を。
「節電しなきゃ・・」とあの雪の寒い日に脱衣場のヒーターをわざわざ消しにきた叔母を。
警察の調べもそんなことまでは調べはしない。
年端のいかない私にはなにも聞きもしなかった。
だが、これは殺人なのだ。
計画的な殺人なのだ。
私には裏山が遺された。
雑木林しかない裏山。
なんの変哲もない・・とはいえ私には大事な場所。
おばあさんと散歩した裏山。
”ヘビイチゴは食べたらいけないよ。もっとおいしいものがあるからね”
風当たりの無い窪んだ場所に植えたクランベリーが長い年月の間に野生化していた。
ここでおばあさんはクランベリーを摘んでいた。
生い茂ったクランベリーの低木の間を身を屈めてゆくと
なにかとても古い大きな石が組まれたなにかの遺跡のようなものがあった。
そして横穴が口を開けていた。
日も高かったのでそれほど不気味なものも感じず中に入ると、石積みのドームの中だった。
西向きのため陽が傾くと赤い日差しが差し込んだ。するとドームの真ん中に石の箱があり
重い石の蓋を開けると中に古い書物があった。
その紙の黄ばんだ書物を何気なく手に取った。
本なんてそんなに読まないのに。
その本は不思議なほどすんなりと手に取ることが出来た。
私はその本を家に持って帰った。
そして表紙を開けると、なにやら外国語の本であり、ページの脇にはおばあさんの筆跡のメモが
ビッシリと書かれていた。
なにやら太古から続く呪文の本であることがメモの内容から分かった。
あのおばあさんが・・呪文の本を?
まるで魔女かなにか・・思わず吹き出してしまった。
だが妙にそそられておばあさんの書き残したメモを解読しながらワープロに打ち直す。
外国語のその本についていろいろとネットで検索してみるが、なかなかそれらしいものを見つけることはできなかった。
アルファベットではない特徴ある文字の特徴から察するにこれはロシア語で書かれ、其れを逆刷りにして出版されたもの
であることが分かった。
おばあさんの大事にしていた書籍棚にはロシア語辞典が並んでいた。
そのいちばん大きいものを取り出すと辞典の後ろに挟んであったノートが数冊
棚から落ちてきたのだ。埃まみれになりながらそのノートを拾い上げ見てみると。
おばあさんはあの本を翻訳していたのだ。
完全な翻訳ではないようで一部一部に飛ばした部分もあり補完する必要はある。
だが大半の部分は翻訳がなされているようだった。
その内容を読み解くために私はひと夏を部屋の中で過ごした。
そしてこの本は太古のアラビア半島で書かれた魔道書と呼ばれるものであることが分かった。
禁書として各国で閲覧どころか持ち込みすらを禁止されながらも秘密の教団によって数か国語に
翻訳され・・例えばこの本のように逆刷りにしてでも・・世の裏の部分で広められた魔道書。
そのロシア語訳がなぜ裏山にあったのか、そしてなぜおばあさんは翻訳をしたのか。
今となっては知る術はない。
だがそれが巡り巡って私の手元に来た、ということは縁というもの・・いやそれ以上のものを感じざるを得なかった。
その内容は最初こそ荒唐無稽にして陳腐な内容に思われたが、徐々に読み進めるうちに科学的な裏打ちが時を経ることに