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Libera me

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3 嘆きながら泣きながらも涙の谷にあなたを慕う。



https://www.youtube.com/watch?v=uv_2x6JmuaE
Chant of the Templars - Salve Regina


私の名前は松居誠司。
こんな地獄のような場所に居ても。
君が居てさえくれればまだ救いを感じる。
君の笑顔だけが私のこの荒みきった心を癒してくれる。

その日、宇佐美さんは微笑んでくれなかった。
なにか緊張しているように見えた。
なぜ微笑んでくれないのか?
君の微笑みだけが私の只一つの希望なのだから・・。
微笑みを絶やさないで・・。

それどころか、宇佐美さんの表情はどんどんと険しくなった。
そしてなにも語らずに点滴薬をセットした。
振り返って私を見るとひとすじの涙を流した_。
なにがあったんだ・・。

「誠司さん・・・。」

ひとことだけつぶやくと、目を閉じた。

そこにドアを揺さぶる音がして合鍵で鍵が外からあけられる音がして・・・。

いったいなんなんだ・・。

山崎の巨体が私の部屋に入ってきて・・私に繋がっていた点滴薬を取り外した。
そして、いきなり宇佐美さんに平手を張った。
なにが起こったんだ!
山崎はドアを閉めて宇佐美さんに向かって声を荒げた。

「これがおまえの考える医療なのか!
貴様、自分のしたことがわかっているのか!」

宇佐美さんのさめざめとしたすすり泣く声が聞こえた。

「あ?点滴薬を間違えて投与した・・・とでも云うつもりだったのか?
医療ミスじゃないぞ・・これはれっきとした犯罪だ!」

山崎の罵声は続いた。

宇佐美さんは泣き出した。
「でも・・でも誠司さんがあまりに不憫じゃないですか!
先生は違うとおっしゃってましたが、誠司さんには意識がはっきりしていて・・
恐らくは意思もあります。
元々は東大でお勤めでスポーツマンで・・いまの状況は・・ここにいるだけで辛いはずですよ。
それに・・・こんどは・・」

山崎は天井を見つめた。
「悪いが、誠司さんには意識はない。
無いうえでここで話すが・・患者さんの世話でご両親が疲れ果てて・・そういう話はよくあることだ。
事実誠司さんのご両親にも私は話をされたよ・・安楽死という方向はないのか、とね。」

!・・・
私はいままで自分では死を望んでいたはずなのに。
私の死を望んでいたのが自分だけでないことを知らされて。
まして自分の肉親にそう望まれていたことを知って絶望的な気分になった。
最近顔を見せなくなったのはそういうことだったのか、と勘繰った。

「多くの障碍を持った子どもを抱えた親御さんが辿りつく難問のひとつだ。
そうでなければ・・我が子は誰が面倒を見てくれるのか、と。
心労は尽きない。まして裁判もあるだろう。その疲労は私なんかには想像もできない。
そしていちばんつらい選択に至られた・・。」

両親になにがあったんだ!?

「残念ながら誠司さんのご両親は亡くなられた。
詳細は知らないが、夫婦心中だそうだ。」

私はなにか地面が砕け散り奈落の底に落ちていく気がした。
いや・・今以上の底があるならば。

宇佐美さんはか細い泣き声をあげた。
「そうしたら・・誠司さんはひとりぼっちじゃないですか_。
こんな酷いことがありますか?
こんな残酷なことがありますか?」

山崎は一蹴した。
「では、そういう境遇に陥った患者の生命を絶つことが君の医療なのか?
確かにこんなに辛いことはない。許されるべき理不尽ではない。
だが我々は神ではない、出来ないことも多い。
そして君が行なおうとしたことは犯罪行為・・殺人行為だ。」

私はなにも考えが浮かばなかったが_。
要するに私の両親は私の行く末を悲観して自殺を遂げた。
私はこんな体のまま天涯孤独になってしまった。
そこでそんな私を不憫に思ってくれた宇佐美さんは
点滴薬を使って・・私を殺そうとした・・ということか。
なんてことだ・・・。

「君はもう行きなさい。」
山崎の言葉に宇佐美さんは立ち上がって泣き腫らした顔を見せてくれた。

私を殺そうとした女の顔_。

・・美しくも気高い慈愛に満ちた・・
宇佐美さん、ありがとう。
そんなにもこんな私のことに思いを巡らせてくれたとは。
感謝の言葉しか思い浮かばない。
ハンカチで涙を拭うと深々と私に一礼して部屋を出ていった・・・。

巨漢の山崎は震えていた。
そして天井を向いたまま。
「誠司さん、今、話した通りだ。
宇佐美君は君のことを真摯に考えたうえで・・思い違いをするところだった。
真面目で腕のいい看護師さんにはよくある話さ。
・・いやぁよくあるんだよ。よくある話さ。」

山崎、宇佐美さんを責めるなよ。
看護師のまま、居させてくれよ。
彼女を責める気持ちなんかない。
むしろ嬉しいほどだ。
私が望んでいたことが彼女に伝わったと思えば。
これ以上の喜びはない。
だから彼女を責めないでくれないか_。

「だがな。彼女は医療人としてあるまじき行ないをしたんだ。
勿論、私は今起こったことを他言する気はないが。
勿論あんたも黙っていてくれると思うが。
彼女は自分からこの職を去ってゆくだろうな。
・・あぁ経験則からだけど。」

巨漢はゆっくりと部屋を出ていった。
二度と彼女に会えないのか_。
別なナースがやってきて点滴薬をつないだ。
そして私の意識は遠のいていった。
このまま永遠に意識が戻らなくなればいい。
全てを失った男の意識など戻らなくなればいい。

このまま私など地獄の底まで堕ちてゆけばいい。

× ×
× ×



後部より強い衝撃を受け、シートベルトをしていなかったことを後悔したがもう手遅れだった。


助手席に乗っていた私は後方から追突され、スピンしながら分離帯に衝突を繰り返し
横転した車内から必死に這い出た。

追突した車・・黒い・・車種は思い出せない。
だがドライバーの形相は。
まるで血に飢えた野獣のように目を爛々と輝かせて
口からは唾液を垂らしながら、路上に這い出した私目掛けてスピードをあげた・・。
私は車に轢かれた。
恐らくはその時に後頭部を破損した。

薄れゆく意識の中で私を轢いた後狂った形相のドライバーはハンドル操作を誤ったのか
ガードレールに突っ込んでゆくのが見えた。
そして私の背後で爆音がした・・。

× ×
× ×

私の名前は・・・。
そんなもの、もうどうでもいいじゃないか_。
さっさとこんな人生に幕を引いてくれ。
もはや夢も希望も失った。
かといって自殺も出来ない。
誰か頼むから・・私を殺してくれ!

私が目が覚めると夜中なのだろうか部屋は暗かった。
それ自体はいつものことだったが
自室にいるにもかかわらず、キヨコが私の足元に立っていた。
暗闇に白く浮かぶキヨコの顔はゾッとするものだった。
なぜ私の部屋にいるのだ!
夜勤のスタッフはなにをしているんだ!

「へへへ。」

キヨコは例の品の無い他人を小馬鹿にしたような笑い声をあげ、頬を緩ませた。
緩ませると顔の皺は更に深くなり・・まるでゴムの皮膚を持つ妖怪のように思えた。

「あんたぁ、ホントはわかってるんだろ?
へへへ。
あんたぁ、ホントは、わかってるんだろ?
ほら、さぁ、こたえなよぉ」
作品名:Libera me 作家名:平岩隆