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Libera me

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あんたには恐らく意識があるのかもしれない。・・いや、無いのかもしれない。
ま、あったとしてだ・・。
俺はあんたと同い年なんだ、本当だ。
あんたもこんなんなっちゃったけどな。
だから・・あえて云わせてもらう。
聴いているか・・わからないけどな。
ったく・・外科の先生たちは、死なせておいたほうがいいものまで平気で助けちまう。
脳外科の気持ちも知らないでさ。
あんたの事故は本当に酷いもんだった。
当然、死んでしまうものだと思っていたさ。
だが助けちまった。
あぁ・・俺のクチは悪いから、怒っているかもな。
だが身体はなんとかなっても脳ってもんはそうはいかない。
全身の微調整を行なっているのが脳みそなんだが、それすら制御できない。
だから、ちょいとしたバランスの崩れが全身にダメージを及ぼすんだ。
ダニに咬まれただけで全身に発疹が広がったり、健康な看護婦が意図せず院内の肺炎菌を
持ち込んだのをダイレクトに受けて肺炎を併発してしまったこともあったね・・。
普通じゃぁ起きないんだ、そういうことは。
今はそれでも容体が安定してきているから経過観察している状態だ。
だがな、悪いが絶対に元には戻らない。
そして聡明なあんたのことだ。
おそらく理解しているように、いつ不安定になるかどうかすらもわからない状態だ。
で、そこでいちばんの苦痛は・・あんたに意識が・・あることだ。
そして意思がある・・・ことだ。」

最初、私は激昂し怒りに震えていたが徐々に吉田の言葉に集中するようになった。

「世の中進んだもので少しの身体の変化をセンサーで捜してコミュニケーションをとる機械もあるさ。
コミュニケーション・エイドといってな・・主にALSの患者さんが使っているんだが、ウチの病院で
使っている人もいるさ。
だがあんたの瞳孔の動きだけではセンサーも見逃してしまうほどの動きだ。
正直、ご両親の心労を考えると・・いや・・あんたも考えてるんだろうな。
仮に機械を使ってあんたと話が出来たところで結果は見えている・・あぁ経験則ってやつだ。」


「あんたは俺に<殺してくれ>というに決まっている・・・」

山崎は脱力したように首を横に曲げた。
図星じゃないか・・。
たいしたもんだぜ。


「医療の進歩は目覚ましい。
だが法制度は変わっちゃいない。
いままでも俺に安楽死を求めてきた患者は・・両手では足りない。
だが俺は医者だ。人殺しじゃない。
一端の社会人でもあるので、法を犯すことはできない。
果たしていろいろな機材を使ってあんたと親御さんが意思疎通が出来たとしてだ。
当のあんたが死を願っていたなら。
ご両親の落胆は・・この前の比ではないだろうな。
だから俺はあんたには意識があって欲しくないと思った。
少なくとも親御さんが生きている間は、だ。
なぜ・・こんな話をしに来たと思う?」

あぁ・・焦燥しきった両親を見れば・・その選択を嘆願でもしたか_?

「にんげん最後はひとりだ。その覚悟だけはしておいてくれ。
先程、お母様が倒れられて、下の階に入院したよ。
軽い貧血だとは思うがな。一応、知らせに来た。」

なんてことだ。親が私の為に倒れた・・。
この先自分がどれほど生きれるかは知らないが
どんな体になったにせよこれ以上に親不幸なことが重ねられるだろうか。
私は絶望した。

× ×

私の名前は松居誠司。
学校の成績は常にトップだった。
父も母も勉強しろとは言わなかったが。
常に万全な試験対策を心掛けてきたことも幸いして
こと学業に於いては負けることはなかった。
常に盤石の体制を築くこと・・それが私には出来たのだ。
だが今となっては、今日明日も知れぬ不安定な我が身を案じているしかない・・・。
そんな情けなさに涙を浮かべてすらみたいが、それすらも叶わない。

その日現れたのは弁護士とNPOの吉田さんだった。
弁護士は正直きょとんとした顔をしていたが、吉田さんと近寄ってきた。
吉田さんは明るい声を心掛けた・・・ような声を出した。

「誠司さん、民事裁判で弁護団の御蔭で大勝利することができました。
幸い被告側も対人対物とも無制限の保険に入っていたこともあって上限額いっぱいの判決を勝ち取ることが出来ました・・。
今日はそのご報告で参りました。また御一緒に事故に遭われた御仲間のご遺族様達が生存されているあなたに
是非お使いいただきたいと一定額の御寄付をいただきました。
とにかく、誠司さん、あなたには亡くなられた方たちの分も生きて欲しいと皆さんおっしゃってられましたよ・・。」

なぜかホッとした。
恐らくは安くはないだろう経済的な負担の幾ばくは埋められるかもしれない、そう思ったからだ。
弁護団にもそれなりの金額が入るのだろうから、ホクホク顔なのだろう。

「それと・・」
吉田さんは申し訳なさそうな顔をして再び話し出した。
「今後のこともありまして、また誠司さんの御容態も安定されていると云うことから
こちらの医療法人傘下の社会福祉法人の運営している介護施設があるのですが
そちらで空きを押さえましたんで近々そちらに移っていただくことになりますので
よろしくおねがいたします。
山崎先生のご配慮で介護保険第二号被保険者としての入所となります。」

そういうと二人はそそくさと引き上げていった。

病院は長いこと置いてはくれない_。
そんな話しはどこかで聞いたことがある。
私がここにいると山崎もなにかとやりにくいのだろう。

そんなことよりも、私に意識があることを見抜き、そしてまだ信じてくれているであろう看護師の宇佐美さんと別れることになるのが
無性に寂しく感じられた。
いよいよ私は糸の切れた凧のように意識を持ったまま無関心の大海に放り出されるような恐怖を感じていた。

× ×
× ×



思い出せ_。
思い出すんだ。

シルバーのノア・・。
誰の車だったか。大きな車だった。
私たちのうちの誰かの車だった。

私たち・・あぁ・同じ研究室の仲間たち。
大矢さんの車だ。
中島さんもいた。
小田くんもいた。
太田くんや細井さんも・・
伊豆のセミナーハウスに合宿に行ったんだ。
その帰りの高速でのことだ。


後部より強い衝撃を受け、シートベルトをしていなかったことを後悔したがもう手遅れだった。

生き残ったのは・・私だけ。
みんな、死んでしまったのか_。

× ×
× ×

作品名:Libera me 作家名:平岩隆