SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編>
その人の顔に浮かぶ表情は、やはりどこか悲しげだ。
理由は分かっている。
口にしてはいけないけれど、お互いに分かっていた。
「俺、お前に付けてもらった名前好きだよ」
その人の本名は他にある。
しかし初めて出会ったときその人は名前を持っていなかった。
故に、僕がつけた名前があるのだった。
2人の記憶と共に全てを内包する。
そして、やはり「我ながら…」と思うのだが僕にとって一番シックリ来る名前だ。
つけた時の理由は一つ。
『その人といれば僕の世界は天国のようだから』
だからつけた。
「ヴィラローカ」
と。
「ヴィラローカ…」
名を呼ぶと微笑んでくれる。
たとえ作り物の笑顔であっても……
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一度目とは違い手の中に残った白い羽根。
一度目はあの人の『身体』自体はこの世界にあったから、そこに全てが集約される形で手元にあった羽根も全て消えてしまったのだろう。
逆に二度目は全てが消えてしまった。
消えてしまったが故に、あの人より離れてしまった元々あの人の一部だったものは残ったのだと思う。
「ちゃんと人間になって、お前と会うから」
それがあの人と僕の全てで、あの人が最も望んだことだったのではないだろうか。
『望む』なんてことがあったのかもよくわからないけれど。
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「ゴメン」
「?」
それは記憶に無い光景だった。
世界は光に包まれているような、闇一色のような。
ただ、目の前にあのひとがいる。
「早く生まれたいのは山々なんだけど、さすがに自分だけじゃどうにも出来ない部分ってあるだろ?」
悲しそう…ではない。
眉を寄せて申し訳なさそうに僕に視線をよこす。
しかし、どこか微笑んでいるようでもあった。
だから僕も微笑み返す。
「待つから、安心して生まれてきて」
「ああ、待ってろよ」
そういえば目の前のその姿は何歳くらいなのだろうか。
少年のようにも見えるし、青年のようにも見える。
ただ、晴れやかな笑顔は「次生まれてくるときは、本当の『人間』になっているのだな」とはっきり感じた。
「ちゃんと、言ったとおり『二人』で生まれるから」
いつの間にか現れ、その人の隣に立つその人と同じ容姿の人物がそっと僕に微笑む。
「宜しく伝えておいてください」
「判った。しっかり伝えておく」
誰に伝えるかなんていわなくても判る。
僕の言葉に優しく頷いてくれた。
隣のあの人もすがすがしく微笑んでいる。
そこで世界がゆがみ始めた。
「待ってるから…いつまでも待っているから!」
今度は二人とも頷いた。
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「……スプライス、スプライス!」
ガクンガクンと肩を揺さぶられて、目の前に見える顔に驚いた。
いつもは胡乱気な目が心配そうに大きく開かれている。
(こう見ると目の形なんかもカティサークにそっくりなんだな)
ぼんやりそんなことも思ったりした。
そういえば眠そうなカティサークはヴィラローカに似ていたかもしれない。
「ちょっと、大丈夫?!」
ガクン!ガクン!!
「…だい……!」
言おうとして咄嗟に止めた。
あごがガクガク揺れて舌をかみそうだ。
さすが半獣族の力は強い…って僕もその力はあるわけで。
グッと全身に力を入れて揺れを押さえた。
僕の肩を直接つかむヴィラローカは言葉よりも手で感じたようで、ほっとしたようにいつもの胡乱気な視線に戻って手を離した。
「二人も『持って』帰らなきゃいけないと思ったよ」
笑って、良かった良かったと手元のカティサークの身体を軽くたたく。
僕の手はカティサークから離れていた。
今のは幻覚なのだろうか。
怖くて触れることが出来ない。
あの人と共にいた記憶がよみがえった(常にあるけれど、より明確に)。
他に記憶には無いあの人の姿も見、対話した…これは僕の夢かもしれないけれど…
「…まぁ、さっさと帰りましょ」
僕の顔を覗き込んで何か思うところはあったらしいけれど、当初の目的であるカティサーク探索は果たしたし、何事も無かったかのようにニッコリ笑ってその両手をカティサークにかけた。
…ってどうやって持つんだ…
「よいしょっと!」
「!」
背には翼があるし槍も邪魔じゃないかな、と思ったけれど両手をカティサークの下に差し入れて持ち上げてしまった。
お姫様抱っこ状態?!
槍は肩から翼にかけて引っ掛けている。
器用だなぁ…
出来るならばカティサークを運ぶのを手伝いたいけれど、先ほど脳裏に広がった…眼前に広がったように見えた映像もあって触れるのにためらいがある。
ヴィラローカもそんな僕を察してくれたらしい。
もともとさっきから体調悪くなってたのもあるかな。
「その槍もつよ」
僕に言えるのはそれくらいだった。
ヴィラローカの腕力は思ったよりすごくて、自分より重たいであろう…翼を入れればヴィラローカのほうが重たいかな…弟の体を両腕で持ち上げて家まで運んでしまった。
僕がカティサークに触れるのを躊躇っているのはヴィラローカも分かっていたようで、家に帰ってからも特に僕には何も言わずにパッパとカティサークを部屋に連れて行き寝かせてしまった。
「ごめん」
と何に対してとは言わずにそれだけ告げるも
「別にいいよ」
笑ってくれた。
「変な幻覚みたいなもの、見たんでしょ?」
多少疲れはあるものの、カティサークの部屋の前の、自室以外では一番使っているであろうこの家の部屋に二人で座った。
すっかり部屋の中でもどの位置に座るのか僕も定まってしまっている。
「幻覚というか…変なものは見たかな…」
一瞬カティサークが寝かされた部屋の扉を見るも、見たところでどうになるわけでも無いとヴィラローカに向き直る。
「私は見たこと無いんだけどね。以前そんなことを言った人がいたから」
なんとなくだけど、ヴィラローカは体験したことが無いといわれて「そんな気がした」と感想が浮かんだ。
本当になんとなくなのだけど、ヴィラローカは余計なものを本人のあずかり知らぬところではじいてしまうような気がする。
さっきの邪気(と言っていいのかは分からないけれど)をものともしていなかったことからもしても…
「そういえば、槍を振ったり翼で何かを払っている感じだったけどあれは何だったの?」
「あぁ、あれ?あそこなんとなく空気悪いじゃない。槍や翼振るうとソレがなくなるのよね」
「以前偶々気付いたんだけど」と付け加えられるも、やはりヴィラローカの視界は僕とは全く違ったモノだと改めて分かった。
『なんとなく空気が悪い』で済んでしまうとは…
ヴィラローカ自身も言っていたが、普通の人ならばつい足を背けてしまうほどの気配があるのに、それがヴィラローカの能力なのだろう。
多分、一端に過ぎないと思う。
「こんにちは、帰ってる?」
なんとなく2人して落ち着いたかな、と思ったところにこの家で三番目によく耳にする声がした。
この家の主が2人だから、来客として一番多く来ている人物。
「もしかして一度来た?ごめん、こっち来て」
入り口へ声だけかけて、ヴィラローカは動こうともしない。
動くのも億劫か…とも思ったけれど、多分こういう性格だ。
「お邪魔します」
ひょこひょこと入ってきたのは案の定温和そうな青年だった。
どこか心配そうな表情をしている。
作品名:SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編> 作家名:吉 朋