SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編>
多分コレも『神官』故なのかもしれない。
この仕事が終わって帰ったら、僕の聖気持守護者である彼女に一度『浄化』を行ってもらわないとダメかもしれない。以前『浄化』を受けてからも大分経つなぁ…なんてことも麻痺しかける脳裏に思い出される。
「そろそろいそうかなぁ…」
ヴィラローカの視界はどんな感じなのだろうか。
その探す様子は先程と変わりない。
辺りを見回しては気配を探っている。
時々槍を振って何かを払っているのだけどソレが何かはもう僕には見えなかった。
ただ。
その時に分かったのだけど。
ヴィラローカの姿だけは嫌にはっきりと見えていた。
頭が痛い…というよりもぼんやりしてモノが考えられない。
ヴィラローカの歌で体調は幾分良くなったけど…もしかしたらこの歌も思考麻痺に関係あったりして…と感じる程度にはひどい歌…
”早く連れ出してくれないか?”
「!」
「…どうしたの?」
今の声はカティサーク!
ヴィラローカには聞こえなかったのだろうか?
立ち止まった僕にまた驚く。
「…いや…なんでも無い、ごめん」
空耳だとしたら、相当僕自身参っているらしい。
”そのまま彼女に引かれて歩けば『俺』がいる…早く”
やはり空耳ではないのだろうか。
声はカティサークなのだけど、どこか僕の知っているカティサークとは違う雰囲気がする。
とりあえず声は聞くだけにして、このまま歩いてゆけばいいらしいから素直にヴィラローカに引かれて歩くことにした。
ヴィラローカの槍を振る回数が多くなっている。
?
”体調が悪いのでしたら、『ヴィラローカ』に羽根を一枚もらうといいですよ”
またカティサークの声だ。
さっきとも違うけれど、やはり僕の知るあのカティサークでも無い気がする。
段々考えることも億劫になってきた僕は、とりあえず自分を意識だけは保とうと自分の胸元に空いている手を当てた。
「……!」
手を当てた瞬間。
ヴィラローカの姿も霞むほどに目の前が暗転して、声も出せず…。
「……?」
手を外したところ戻った。
僕の胸元にあるのは、いつも身につけて共にある『白い』ヴィラローカの羽。
ジワリジワリ。
思考停止寸前の脳に嫌な予感が迫ってくる。
過去幾度かこんな体験はしたけれど、先述のように特殊な『気』に対して耐性どころか弱みを持つ神官という種族は他の人よりもそういったものを経験しやすいらしい。
だからそこまで深く考えてはいなかったのだけれど、今回のこの不快の原因はどうやら僕が体験したことのあるもののような気がしていた。
『白い』ヴィラローカが、他の仲間が長い年月をかけて行(おこな)ったこと、行おうとしたことの一つ。
僕自身は『白い』ヴィラローカがいなくなって以後ソレに関してかかわったことは無かったけれど、タ・ブレースは彼らがいなくなって以後も1、2度遭遇し処理しているといっていた。
”世界の綻び”
”世界の歪み”
呼び方は様々だけれども、要はこの世界にとって悪影響を及ぼすこの世界にはありえない力の漏れ出す場所。
僕は声に従って目の前のヴィラローカに羽根を一個くれないかと提案する。
ちょっといぶかしんだようだけれども何も言わずに自らの翼から小さめの羽根を引き抜いてくれた。
一瞬痛そうな顔をしたけれども平気なようだ。
髪の毛を抜くような感覚らしい。
ヴィラローカにもらった黒い羽根を手に取ると、大分気分もよくなり視界も広がった。
白いヴィラローカにはこの”ゆがみ”を感知する能力があったから、その影響で羽根自体に”ゆがみ”を感じ取る能力が強くあるのかもしれない。
この白い羽根を首にかけるようになって大分経つから、相当長い時間効果がきれていないことなる。
「そろそろいると思うんだけど」
『音痴だが歌うのは好き』と聞いた話は本当だったようで、声を枯らすことなく途中休みながらも歌い続けている。
この歌はここでしか歌えないのではないか…というほど、酷いものだけれども。
”右、右むいて”
「右?」
僕とヴィラローカは同じ方へ向いている…当然といえば当然だが。だから僕の声に自然とヴィラローカは右のほうを向く。
僕としては、ちょっとこの場にしても気配が異質だな、と感じる程度なのだが、
「あぁ」
とヴィラローカは声を上げて歩く速度を上げた。
やはりヴィラローカは視界が普通らしい。
異質な気の塊。
そうとしか僕の目に映らないのモノがある木の根元にあった。
カティサークらしい。
「ちょっとごめん」
その塊を見てヴィラローカが僕の手を離す。
一瞬、とてつもない不安が全身を駆け抜けたのだけどもヴィラローカがその手に持つ槍と同時に翼を羽ばたかせると視界が大分クリアになった。
でも。
僕の目にはカティサークが映らない。
異質な気の塊。
だけどカティサークなのだよな…と思ったとき。
「なっ…!?」
ヴィラローカが槍をその『気の塊』に向け、思い切りきりつけた。
コレ、カティサークじゃないの?!
…
……
「うわ……」
その光景には僕も驚いた。
ヴィラローカが切りつけた『塊』は僕の目としては、みるみる凝縮してその中心の人型に取り込まれてしまった。
”ありがとう”
消えそうな声が聞こえた。
どこか違うけれどカティサークの声。
人型は、みるみるうちにカティサークの姿になった。
木の根元に倒れこんでいる。
「とりあえずは大丈夫そうね」
何を考えているのかは分からないけれど、ヴィラローカがかがみこんでカティサークの頬へ手を当てる。
普通に呼吸をしていて眠っているだけのようでもあった。
「そう、よかった」
カティサークの姿を確認できた後、周囲の気配も大分変わった。
そちらのほっとしたのもあって、僕もカティサークの様子を確かめようとその手に触れた。
?
?
------。
ピシィャッッッ
ひどい雷の音がして激しい雨が窓にたたきつけられる。
時間的には昼間のはずなのに外は真っ暗だ。
そんな窓辺に呆然と外を眺めながらたたずむ姿が。
その人の周囲だけ音が無い。
その姿を見ながら僕は「我ながらひどい奴だよな」と思ったものだった。
窓辺にたたずむ人は、悲報に打たれて身動きが取れないのだ。
『自分』をどう保とうか必死なようでもあり、只只あまりの凶報に頭が真っ白になってしまっているようでもあった。
僕だってその悲報に直接関係あるはずなのに、それよりも目の前の人のことが気になって仕方が無かった。
嵐の音だけの空間を壊さないように、そっとその人のそばによる。
背しか見えないけれどどんな表情をしているのか分かる。
「…わかっていたんだ……」
そう、小さく漏れた声。
その声が…思ったものと違って僕は打たれた。
やはりこの人に訪れる感情は”悲しみ”しかないのだろうか?
感情なんて世の中沢山あるのに、この人が心の底から感じるのはこの感情だけなんだろうか?
「…いつかこうなるとは、わかっていたんだ……」
僕は誰のために悲しむべきなんだろうか?
目の前の人しか思いつかないのだけど、ソレは人としておかしいのだろうか?
-------。
「スプライス、スプライス」
淡い金色の髪を揺らして青空の下の立つ。
それはとても穏やかな日々だった。
でも。
作品名:SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編> 作家名:吉 朋