SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編>
トントンと僕の腕を叩く人があるので横を見るとヴィラローカだった。
「何?」
「…スプライスと似てる人だね」
実際血は繋がっていないが、それは思う。
「遠い親戚だから」
いつもどおりの答え。
まぁ、真実ではないが誤りでもない。
「ふぅん…」
何を思ったのか分からないが、ちょっと面白そうにブレースの事を見ているようだった。
ブレースはそばにいた村長に話しかけている。
リシュアは一瞬でだいぶ緊張が走ったようで、多分他の周囲の人もそうかもしれない。
有翼人が本来従属しているのは天空の神、神官であって大海の神官である僕は部外者だ。
神官と言うことで丁重に扱われてはいるけれど、天空の神官のほうが親しみもあるし敬う心もあるだろう。
ヴィラローカの反応は相変わらずちょっと人と違う。
カティサークは特に変わって見られなかった。
「スプライス、そっちの人が?」
と、簡単に村長と話し終わったらしいブレースが僕を振り向く。
その視線の先はヴィラローカだった。
「違うわ」
僕が答えるより先にヴィラローカが答える。
「そっち」
とリシュアを示したのもヴィラローカだった。
「ありがとう」
言われてブレースはにっこり笑いリシュアに向き直る。
ヴィラローカは、やはりというか神官に対する敬う気持ちとかも無いようで「いい人みたいね」くらいの感想だった。
「引き受けてくれてありがとう」
ブレースがヴィラローカに向けたのと同じ笑顔を向ける。
「あ、はい、光栄…です」
カチコチのリシュア。
こちらが普通の反応だと思う。
ブレースも分かっているだろう。
『光栄』だなんて、思っていたとしてもほんの少しだけであることに。
「ブレース、こちらの二人の家に世話になっていたんだ」
二人を示す。
「スプライスがお世話になったようで感謝します」
なんだかブレースらしくない物腰に笑いそうになるが、そんな僕をブレースがにらんで止める。
ただ、ブレースは気づいたようだ。
二人が二人ともこの村の住人にしては異質であることに。
しかし周囲の視線を感じて言及を避ける。
「後で」
とだけ僕が言うと一つうなづいた。
その後『この村の様子を見て回りたい』と進言してブレースは村の者と去っていった。
もちろん去り際に「出立の準備を」といい置いて。
その言葉の際にリシュアがカティサークに視線を一瞬だけ投じたのを僕は見ていた。
?
元々荷物も殆どないし、挨拶も大体は済ませた。
改めて生活を送った家に戻ると、挨拶に回ることもどうでもいいような気がした。
「なんか持って行きたいものがあったら持って行っていいよ。って物には執着しないか」
外に出るときは現していた翼を消して、壁に寄りかかって僕の様子を見ている。
カティサークとも一緒にいたかったけれど、リシュアの準備を手伝うように言って二人で帰ってきた。
「コレ貰っていいかな?」
部屋のテーブルの上においていたものを手にとってヴィラローカに見せる。
「そんなものでいいの?欲しければもっとあげるわよ」
笑って自分の背を指す。
僕が手に取ったのは、『禁域』に行った時にヴィラローカに貰った羽。
返したところでどうしようもないし、なんとなく持っていた。
白い羽と黒い羽を首から下げようかと思ったのだ。
色は全く違うけれど、同じヴィラローカという名前の二人。
名前の意味もあるし縁起がよさそうだ。
「コレだけでいいよ」
そうすると荷物はそれで全てまとまってしまった。
「さて、リシュアん所行ってみる?」
ニヤリと笑う。
心配しているのか、野次馬根性があるだけなのか。
もしくは、いつまでも未練がましくここに居続けそうな僕を促したのか。
「…そうしよっか」
単純に、二人の結末はちょっと気になる。
「僕にも状況教えてよ?」
二人で家を出ようとしていたところで、前にいたのはブレースだった。
周囲には誰もいない。
さっきまでのちょっとすかした感じとは違い、『らしい』雰囲気が漂っている。
服は『らしくない』のだが。
ただ、僕の後ろにいたヴィラローカと目を合わせると一瞬驚いたような表情をした。すぐにニコリとスマイルに作れるのはさすがだ。
「改めまして、タ・ブレースです」
世界を飛び回っているだけあって他者との交流は得意か。
「先ほどは失礼しました、ヴィラローカです」
『失礼』なんて思ってないくせに。
そう思ってヴィラローカに流した視線をブレースに送ると、案の定また驚いていた。
コレも普通の反応だろう。
ヴィラローカという珍しい名前にプラスして、僕があの人のことをヴィラローカと呼ぶことを知る数少ない人物だ。
「スプライスの恋人と同じ名前なんですってね?」
ブレースの反応を見て笑う。
「…ちょっと性格も似てるかも?」
僕に問いかけてくる。
「そうかな?」
まぁ、あの人は一面だけでなく様々な面を持っていたから、似ている性格を表に出していたこともあるかもしれない。
三人でリシュアの家へ歩きながら、この村の様子や僕の生活をブレースに話す。
ブレースは時々相槌を打ちながらも黙って聞いてくれた。
詳細はいくらでも話す時間があるから、ヴィラローカの注釈があった方が面白いところを何点か…というほどでもないか。
そして『三人で歩いているのに有翼者無し』に初めて違和感を感じた。
いや、ヴィラローカは外では普段翼を出している方が普通だと改めて感じた。
『禁域』のことはここでは伏せた。
自然とカティサークの話になる。
カティサークという名前にも思うところがあったらしいけれど、そこはたいしたことではないとブレースも流したらしい。
コレだけ長く生きていると、珍しい名前の人でも他で出会うこともあるだろう…と。
カティサークのことには興味を覚えたらしいが、僕が調べようと思っても分からなかったことだ。
ブレースでも時間をかけなければ手がかりをつかむことなど出来ないだろう。
特に今は『禁域』については話していないから、見当もつかないはずだ。
ブレースの今回の役目は僕と、僕が選んだ獣従者を連れて行くだけだから時間がない。
一度抱いた興味も捨てることになった。
そして、リシュアの家へ到着する前にフと話が途切れた。
「……ねぇ一つお願いがあるんだけど、いいかな?」
と急に言い出したのはブレース。
相手はヴィラローカだった。
「私に出来ることなら」
あまりにも急で何をお願いしたいのだか見当がつかない。
「あのさ、ギュッてさせてもらえるかな?」
「はぁ?!」
予想外すぎて声を上げたのは僕だった。
ブレースはジェスチャーで抱きしめる状態を表現している。
「ちょっと思うところが…」
「女の人にギュッとされたことってないけど、まぁいいよ?」
あれ?
ブレースが女だって口にしてないような?
ブレースは確かに僕と違い『女性』なのだが、外見的には僕と似ていると言われるだけあって多分に男性的な雰囲気も加味されていて…、まぁ中性的だ。
神官にとって性別なんてどうでも良いことなので話題にもならない。
「そう?ホントにいい?じゃ…」
立ち止まってヴィラローカに向き直る。
女性と言われてちょっと嬉しかったのか、ブレースは気持ち悪いくらい笑顔だった。
男と言われるよりは、女性と言われたほうが気分良いか。
「失礼しまーす」
作品名:SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編> 作家名:吉 朋