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SPLICE 翼人の村の翼の無い青年 <後編>

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少しでも長くカティサークともヴィラローカとも居たいけれど、この村の人々の事も忘れないように歩いて回りたい。
そんな矛盾する気持ちの中、僕は歩いて回る事にした。
二人とも何かと仕事していたし…カティサークは主に家事だけど、だからこそ邪魔したくなかった。僕自身が大分世話になっている点だし。
……ちょっと感慨深くなっちゃうね。
切りの無い話だと分かっていても。
今まで生きてきた、何百年という年月を考えれば本当に些細な出来事だし小さな出会いに過ぎない。
僕の世界はあの人に出会ってからあの人を中心に回っていたけれども、人と人の出会いは大切にするべきだと…遥か過去に居なくなった人についても覚えていたいと思う。

”スプライス”
良く歩いた小川縁の道を行く最中、待っていたような、来ないで欲しいと思っていた声が聞こえた。
”…まぁ気持ちは分かるけど”
声も出していないのに勝手に人の心を読まないで欲しい。
声に出さないと会話できないようにしていたはずなのに。
「そろそろ来るのか?」
周囲を確認して声を出す。
”んー、そこ居心地良いようだけど申し訳ないね”
来るのか。
”急だけど、明日か明後日。今そこを去っても少しでも長く居ても、愛着が残るのは変わらないだろうって”
「だったらさっさと戻ってきて他の仕事しろって?」
”スクーナ様が用事あるようなこと言ってた”
それは珍しい。
僕が動くときは、スクーナ様の命でも元はルワール様の依頼だったりする事が多い。
今回ほど露骨でなくても。
スクーナ様は基本的に放任主義だ。僕の事は従者というよりも子供としてみているのかもしれない。実際には曽祖父と曾孫…はどうでもよいか。
”僕が行ってからも多少は時間あるかもしれないけれど、十分とはいえないだろうから今のうちに片付ける事は片付けた方がいいよ”
「ありがとう」
”どういたしまして”
…あ、そうだ。
「ブレース、伝える事があるんだけど…」
”何?”
「………」
………。
あれは夢だったかもしれないか。
それでも伝えておいた方が良いだろうか。

『伝えておいてください』

とは言われたけれど…
「いや、来たときに言うよ」
”……わかった”
もしかして、心を読んで分かったかもしれない。
けれど言うとしてもちゃんと直接の方がいいのかな、と。
?
村の中を歩き回っていると、ある家の傍に来ていた。

返答を聞きたいような、聞きたくないような。


この緊張は、告白後の返答を聞く緊張に似ているのかもしれない。
あまりにも昔で…というよりも、僕にそんな経験あったか?
あのときのことは思い出すに…まぁ結果的には良かったのだろうけど…理性ある人としてどうだろうかと…仕方なかったとは言え……
辞めよう、考えるのは。
最後に全て許して受け入れてくれたあの人の存在が全てだ。


「…スプライス様」
足早に去ってしまうべきか、居るか確認しているのならば声をかけたほうが良いのか。
一瞬の躊躇だったがあまり意味は無かった。
……可能性は高かったとは言え、本当に会ってしまうとは。
翼を使わずに歩いてきたリシュアはやはり歩いていた僕と顔をあわせると、ちょっと迷った顔をした。
答えをこの場で求めるのは請求だけれども、言わなければならないことが。
「リシュア、急だけど…明日か明後日に使神官の元へ通じる扉が現れるって」
話を請けるにしても断るにしても難しい時間だが、タイムリミットも分からず急に返答を求められるよりもマシだろう。
「明日か明後日ですか」
「僕としてはもうちょっと時間欲しかったんだけど、迎えが来るって」
もう少しこの村で生活を送って居たかったのは真実だ。
有翼人のなかで翼が無いことも、ヴィラローカとカティサークの前では気にならなかった。
村を歩いて人と出会えば多少は気になるけれど、背に翼がある以外は、高い木々のそびえる村の中では殆どの人が地を歩くため疎外感を感じたり…ということはない。
そもそも、神官という外見的特長を持って今まで生活してきたせいで、多少目立ってしまうことに関しては鈍感になっているのかもしれない。
「…わかりました。返答に関してはもう少し待ってください」
そう答えたリシュアの表情は…答えを予想できるものだった。


その夜、リシュアは思いつめた表情でやってきてカティサーク連れて行った。?
?
?「スプライス、帰るの?」

カティサークが連れて行かれたのに残ったヴィラローカが言ったのがコレだった。
やはり見るところが少し違うような気がする。
というか、
「カティのこと心配じゃないの?」
僕はそうなのだけど。
「リシュアの方が心配。スプラスもでしょ?」
…そうかも。
……いや、カティサークも心配なんだけど。
「…で、スプライスいつ帰るの?」
ヴィラローカの質問も忘れて気もそぞろな僕にあきれたように再度質問してくる。
そうだった。
「早くて明日、遅くて明後日だって。迎えが来るよ」
「神官?」
「そう。タ・ルワール様の本当の従者だから、ちゃんと天空の神官だよ」
「タ・ルワール様…そんな名前だっけ、使神官って」
別に敬う必要も無いと思うけれど、そんなにざっくばらんに扱われるのを聞くのもヴィラローカくらいだ。
「……そっか、明日か明後日かぁ……」
いつ言おうかとは思っていたけれど、告げられたことにほっとした。
これもヴィラローカは考えていたのだと思う。
長い事お世話になっておいて「急に去ります」だなんて、わがままだし…寂しいし。言い出し辛い。
「ねぇ、今日はお酒ナシね!」
まぁ、いつも飲んでいるわけでもないけど。
ヴィラローカが良いのならばゆっくり話したいというのもあった。
きっとここを去ってしまえばもう来る事はないだろう。
来る事があっても、今暮らしている人々が居るうちに来る事があるのかは分からない。

あの人が去ってから、これだけの時間を一緒に過ごした人というのは初めてかもしれない。
話したい事なんて山のようにあるからほんの一角しか話す事は叶わないのは分かっていたけれど、いざ話すとなるとそれさえもかなわないような気もしていた。
ヴィラローカは話すのも好きだというが、こういうときは聞き手もうまくしてくれる。
カティサークとリシュアの事は心配だったはずのなのに、いつの間にかヴィラローカと話す事に意識が傾いていて忘れていた。
二人がどうなったのかは知りたいけれど…逃げる事も出来ない事はわかっているはずだ。
気がついたときには僕もそう思えるようになっていた。
寝るのも惜しくて、眠たくても寝たくなくて、ヴィラローカもそんな気持ちを分かってくれたのか空が明るくなり始めるまで付き合ってくれた。
高い木々にさえぎられて、平地よりも日が昇ったことを明るさで実感するのは幾分遅い。
それでも明るくなっていた…ということは相当時間がたったということなのだろう。


「あれ、起きていたんですか…?」
そんな時間に帰ってきたカティサークが驚いていた。
そりゃそうか。
というか、
(朝帰りか?!)
と一瞬思ったもののカティサークは平然としたものだった。
「…あれは何も無かったわね」
小さくつぶやくヴィラローカが「チッ」と舌打ちしたのがちょっと怖い。