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天井裏戦記

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八 兵どもが 夢のあと



 天井裏が静かになってひと月、亮太郎と慎平は天井裏を覗いてみた。思えばあのとき買った脚立は以来使っておらず、それを示すようにその上にはまっさらに近いドイツ語の教科書が積まれている。今ではいい物置である、もちろん教科書もほとんど使っていない。

「静かやのう」
 亮太郎はベッドに寝転がり上を向いた。
「ホンマに。天井裏だけでなく、隣のセンパイの部屋も」
いつものように遊びに来た慎平も相づちを打つ。つい先日まで天井裏で続いた運動会は以来止まったままだ。

「ああ、隣のセンパイな」
聞いていないようでしっかり立った亮太郎の耳が慎平のサーブを受ける。
「センパイ別れたらしいぞ。こないだ大喧嘩しとってよ、ネズミおらんようになったら聞こえるんじゃ」
「ほう」
「やれセンパイのアレが〇〇で●●らしく」
「まさにネズミサイズとスピードで……」
「ワシ、そこまでは言ってねーよ」
「ま、やっぱり不釣り合いやったんじゃて」
「じゃ。『人の不幸は蜜の味』じゃのう」
 大笑いすると、隣から壁を叩く音が聞こえ二人は慌てて口を閉じた。そういや隣の声が聞こえるということはこちらの声も聞こえるということだ。

 亮太郎の学生生活すなわちバラ色の青春の拠点であるあくまで自称の城は、プライベートもプライバシーも、ついでに彼にはプライドもない。そして家賃は一万円、プライスもそんなにない。それでも亮太郎はどうでもいいような達成感に満足していた。

「家賃1ヶ月ぶんの戦いじゃった」
「そやなぁ、コンパなら凡そ2回分やで――」

「しかし追い出したはエエんじゃけど……」身体を起こして亮太郎は慎平の方を向いた「きゃつらはどこへ行ったんじゃろう?」

「そうやな。死骸がないということはどっか違うところに逃げたんやろう」
「おらんかったらおらんかったで寂しいのう」
セリフは本心ではないが、亮太郎は次なる面白いものを求めていた。そこには「環境改善されたので学生らしく勉強しよう」という考えはきれいになった天井裏同様微塵もなかった。

「ゼータクな悩みじゃ」
「思えば奴らも寂しいのかもしれんな」
「何をカッコつけちょるねん」
 二人は再び大笑い。今度は隣のセンパイに怒られないよう声の量を絞った。

「ちゅうわけでよ、ネズミ駆除大成功を祝おうではありませんか?」
「いいねー」
 そう来るだろうと思って慎平はここへ来る前に近所のコンビニで飲むものを調達していた。半ば居候歴が長いのか買ってくる量も種類も知っている。
「ちょと多くね?ほんで食べるもの少ないし」
「そうよ。今日はめでたいので小夜姫でも呼ぼうな」
「お、それいい」
 亮太郎はおもむろに電話を出して、小夜を呼ぶことにした。男二人で祝っても楽しいはずがない。

「もしもし」
彼女も同じく大学の近所で下宿している比較的自由な学生。元気な声で電話に出た。
「おお、小夜ちゃん。いかがした?こちらはネズミのいない快適な下宿で祝杯を上げようかと」 
 ネズミ駆除が成功に終わったことを説明すると小夜も素直に喜んだ声が返ってきたので電話口にいる男二人もテンションがあがる。
「それは良かったじゃん。じゃああたしもおやつ用意して行くね。今日はバイトないんだ」
「じゃあこっちはもう始めてるよ」
「はーい」

     し・か・し

 亮太郎が電話を切ろうと画面を見てボタンに指を伸ばした瞬間、事態は急変することとなった。

   「キャァァァァァーーーーー!」

 受話器から聞こえた小夜の悲鳴。亮太郎はビックリして電話を下に落とし、今度は慌ててその受話器を慎平が拾い上げた。
「い、今あたしの目の前を……」
「何、何?大丈夫、小夜ちゃん!」
「落ち着いて、落ち着いて!」
 興奮気味に心配する二人が小夜に何があったのか質問すると、予想外の答えが返ってきた――。

作品名:天井裏戦記 作家名:八馬八朔