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di;vine+sin;fonia デヴァイン・シンフォニア

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 ふたりが黙ってしまったところで、香ばしい肉の香りが漂ってきた。話の区切りがつくのを待っていたのであろう。料理長自らが湯気の立つ皿を持って現れた。給仕はもう部屋に下がっているらしい。
「おお、美味そうだな」
 揚げ焼きにした豚肉の塊に、同じく軽く揚げてある色鮮やかな野菜が添えられ、全体に甘酢あんが絡めてある。料理長はその皿をテーブルに載せると、続けてご飯とグラスを置いた。
 色の濃い、長期間熟成させた酒と思しき瓶を料理長が取り出す。それをグラスに注ごうとするのをルイフォンが遮った。彼が料理長に耳打ちすると、料理長は軽く会釈をして厨房に戻っていった。
 メイシアが疑問に思っていると料理長が再び現れた。今度は綺麗な色の瓶とワイングラスをふたつ持っている。
「酒のほうが、料理には合うんですけどね」
 そう言いながら、料理長はふたつのグラスにワインを注ぐ。
「すまないな」
「仕方ないですね」
 申し訳なさそうなルイフォンに、料理長は笑いながら応じた。
「当たり年のワインです。口当たりがいいですから、そちらのお嬢さんも、きっとお気に召しますよ」
 料理長は「ごゆっくり」と頭を下げると、腹を揺らしながら彼の持ち場へと帰っていった。
 メイシアは自分の前に置かれたグラスとルイフォンを交互に見た。
「まぁ、飲め」
 初めに料理長が持ってきた酒は相当きついものに見えた。察するにルイフォンはかなりの酒豪なのであろう。
「……ルイフォン、未成年ですよね?」
「お前、俺の酒が飲めないのか?」
 ルイフォンの目が、すっと細まる。メイシアは慌てて首を振った。
「いえ、食前酒くらいならいただきます」
 彼女は、そっとグラスを手に取った。硝子の繊細な感触が指を伝わってくる。
 ルイフォンの視線を気にしつつ、メイシアは恐る恐る口をつけた。唇に柔らかな液体を感じ、思い切ってそれを含む。癖のない、まろやかな甘さが舌を転がった。
「え? 美味しい」
 メイシアは素直にそう思った。一気に飲み干してしまう。
「だろ?」
 自分も飲みながら、ルイフォンが得意げに笑う。「では、もう一杯」と彼が手ずから、ふたつのグラスに注いだ。
 ルイフォンが食事をしている横でメイシアは二杯目を口に含む。彼が上機嫌なのは料理が美味しいからだけではなさそうだった。
 ふと、ルイフォンが尋ねた。
「お前、どうして、そこまで必死になれるんだ?」
「え? 何がですか?」
「異母弟のことだよ。母親が平民(バイスア)なんだろ? 貴族(シャトーア)なら毛嫌いしていたとしても不思議じゃない」
「私は、おかしいですか?」
 メイシアはワイングラスに映った自分の顔を見る。半分しか血の繋がらない異母弟とは、ちっとも似ていなかった。
「私の母は政略結婚で、父とは上手くいかず、私が小さい頃に実家に戻りました。私には両親と一緒の思い出はひとつもありません」
 ルイフォンは皿に箸を運びながら、黙って頷いた。
「傷ついた私と父を支えてくれたのが継母です。私を実の娘のように可愛がってくれて、父と三人の幸せな家族でした。そこに、ハオリュウが増えたんです。小さくて可愛くて――私が守ってあげなくちゃいけないと思いました」
 生まれたばかりの異母弟を見たときの感動を、メイシアは今も鮮明に覚えている。この小さな命には寂しい思いをさせたくないと思ったのだ。
「でも、私とハオリュウの関係は、必ずしも優しいものではなかったんです」
「……そうだな」
 貴族(シャトーア)の跡継ぎは男子であるのが原則だが、平民(バイスア)出身の継母の子であるハオリュウより、身分の高い貴族(シャトーア)の母の子であるメイシアに然るべき婿を迎えて跡継ぎとすべきだ、と親族が声を上げている。それは《猫(フェレース)》として調査したルイフォンも知っていた。
「私の存在がハオリュウをおびやかすなんて……」
 メイシアはこみ上げてくるものをぐっと抑えた。誤魔化すように、グラスに残っていたワインをあおる。
「……家族の中で、異質なのは私じゃないですか。ハオリュウは、ちゃんと血の繋がった父と継母の子で――。私はこの家族に加えてもらった『異邦人』なんです」
「おい……? メイシア?」
 空のグラスに新たなワインを注いでいるメイシアに、ルイフォンが不審の声を上げる。嫌な予感がした彼は、空になっている自分のグラスとメイシアのグラスをすり替えた。
「私が鷹刀一族のところに行けば解決すると聞いて、嬉しかったんですよ。ふたりが助かる上に、私はハオリュウをおびやかす存在でなくなるんだ、って……」
 メイシアの黒曜石の瞳に、淡い電灯の光が揺らめく。
 ああ、そうか――と、彼女は思った。
 彼女はずっと、家族の役に立ちたかったのだ。家族のために働けるなら、家族の一員として胸を張ってよいのだから、と――。
 メイシアはワイングラスの脚に細い指を絡め、縁(ふち)に唇を寄せた。それは運命の神への感謝の口づけのようであった。
「お前、顔が真っ赤だぞ!」
 とろりした恍惚の微笑みを浮かべるメイシアに、ルイフォンが血相を変える。
「ルイフォン、ありがとうございます」
 極上の笑みを浮かべて彼女は、ふっと力を失った。
 彼は、とっさに空のグラスを取り上げ、彼女の上半身を抱きかかえた。
「おい……嘘だろ?」
 ルイフォンは呆然とする。
 そのとき、彼は食堂の入り口に人の気配を感じた。ぎくりとして、首を回すとそこにいたのは想像通りの人物だった。
 罵声を浴びるルイフォンの腕の中で、メイシアは久し振りに――本当に久し振りに、心地のよい眠りの世界に落ちていった。

〜 第一章 了 〜