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di;vine+sin;fonia デヴァイン・シンフォニア

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 メイシアは改めてルイフォンを見た。やや癖のある前髪に、一本に編んだ後ろ髪。飾り紐には金の鈴。目は雄弁に物を語り、姿勢は常に崩している。彼のどことなく猫を思わせる仕草に、その名はよく似合っていた。執務室の扉の仕掛けも、彼の手によるものなのだろう。
「さて……、『礼状』でも出すか。メイシア、ちょっと見てろよ」
 ルイフォンは再びキーボードに指を走らせる。
 すると、モニタ画面が真っ白になったかと思ったら、右端から黒い猫の影が入ってきた。
 可愛らしくも、しなやかな足取りで、猫はモニタ上を歩き回り、通ったあとに足跡を残していく。やがて、猫の姿は見えなくなり、足跡だけが次々に表示され、ついに画面は真っ黒になった。――もうモニタは何も映さない。
「え……?」
「こいつを王立銀行に送る。ウィルスじゃないぞ。これは、ただのアニメーションだ。先方がどう思うかは知らないけどな」
 ルイフォンの意図が分からず、メイシアは首を傾げた。そんな彼女に対し、彼は目を細めて軽く笑う。
「《猫(フェレース)》が侵入した足跡を残しておくんだよ。つまり、データを盗らせてもらった礼として、銀行側にセキュリティホールの存在を知らせてやる」
「それは……何か、変な気がします。ルイフォンが攻撃する側なのか協力する側なのか分かりません」
「両方だよ。ネットワークは本来、性善説に基づいている。悪意ある使い方には非常に脆弱な代物なんだ。だから昔の技術者たちは互いにセキュリティを突破し合い、侵入した痕跡を残したそうだ。善意でね。まぁ、俺は先人たちほど善人じゃないから、気まぐれと売名行為かな?」
「売名行為?」
「《猫(フェレース)》の名前が知れ渡れば、依頼も情報も集まる。《猫(フェレース)》はクラッカーであると同時に、鷹刀の諜報担当だからな」
 メイシアと会話しながらも、ルイフォンの指先は軽快にキーボードの上で踊っていた。
 表向きは、鷹刀一族は《猫(フェレース)》の取引相手のひとつに過ぎず、ルイフォンが《猫(フェレース)》であることは極秘事項なのだという。
「……セキュリティ対策をされてしまったら、また王立銀行に用があったときに困るのではないですか?」
「そのときはそのときで、また別の抜け穴を探すさ。『この世に完璧なプログラムは存在しない。存在しうるのは、まだバグの発見されていないプログラムだけだ』――俺の母親がよく言っていた言葉だ。誰かの受け売りらしいけどな」
「お母様……?」
「先代の《猫(フェレース)》。もともと《猫(フェレース)》は俺の母親の通称だったんだよ」
 そう言ったルイフォンの顔は少し誇らしげで、そしてどこか寂しげだった。メイシアはある可能性に気づいたが、それを確認する気にはなれなかった――おそらく、それは当たっているであろうから。
 ルイフォンがぐっと背筋を伸ばすと、回転椅子の背もたれがぎぎいと軋むような音を立てた。それから彼が首を左右に曲げると、小気味いいほどにぽきぽきと彼の骨が鳴った。疲れた様子の彼を見て、メイシアは「あっ」と小さな声を上げた。
「ひょっとしてルイフォンは夕方、廊下で別れてからずっと、ここで作業をしていたのですか?」
 愚問だ。
 言ってからメイシアは自分の愚かさに気づく。ルイフォンはあのとき言っていたではないか。『部屋に籠もる』と。『《猫(フェレース)》としての仕事』だと。
 あれから何時間が過ぎたのであろう。もうすっかり夜も更けている。
 メイシアがミンウェイと楽しく食事を摂っていた間も、風呂でくつろいでいたときにも、ルイフォンはここで働いていたのだ。それは誰のためか。――言うまでもない、メイシアのためだ。
「申し訳ございません」
「ん? 何が?」
「私のために今まで……」
「お前、俺を舐めている? 俺は王立銀行の穴くらい一瞬で見抜ける。時間がかかったのは、親父の命令で調べることがたくさんあったからだ。お前が気にすることじゃない」
「けれど……」
 納得いかない様子のメイシアにルイフォンは少し困ったような、それでいて目元だけはまんざらでもなさそうな顔をした。
「そういうときはな、『ありがとう』と言うんだ」
 ルイフォンの言葉はそっけなく、そして温かい。
 敬慕の眼差しを向けてきたメイシアに、ルイフォンは照れたように「ミンウェイの口癖だけどな」と付け加えた。
「ありがとうございました」
 長い黒髪を揺らしてメイシアは深々と頭を下げた。シャンプーの香りがふわりと漂い、ルイフォンが表情を崩した。
「ま、少しは疲れたかな?」
 彼はそう言うと眼鏡を外し、目を軽くマッサージするように指で押さえる。
「あの、大丈夫ですか。モニタを見続けると目が疲れるんですよね?」
「まぁな」
「目がお悪いんですか。イーレオ様も眼鏡を掛けてらっしゃいましたし……」
「違う! 親父のは老眼鏡! 俺のはOAグラスだ!」
 ルイフォンが牙をむいた。
「……ったく。俺をあの助平親父と一緒にすんな」
 苛立たしげに癖のある前髪を掻き上げる。そんな仕草はやはり十六歳の少年のようで、猫のようにくるくると印象の変わる彼をメイシアは不思議な気持ちで見つめていた。
「さて――」
 ルイフォンがちらりとメイシアを見る。ふと、何を思ったのか、彼はにやりと笑った。
「夜食に付き合え」
「え?」
「俺は、晩飯に片手でつまめるものしか食ってない。作業中だったからな。腹が減った」
「申し訳ございません」
「そこで謝るな、って。だからさ、一人で飯を食うのも虚しいから、付き合えよ。お前は食わなくてもいいから。……それに、藤咲家と斑目について、真面目に訊きたいこともあるしな」
 その言葉を聞いた途端、メイシアの背中を緊張が走った。