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わたなべめぐみ
わたなべめぐみ
novelistID. 54639
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影さえ消えたら 2.復元

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2.復元


 
 気づくと隼人は河原に寝そべっていた。

 まぶたに真夏の陽光が容赦なくふりそそぐ。地面に寝転がっていたせいか、背中が痛い。頭を抱えながら体を起こすと、目の前には見慣れた一級河川が広がっていた。

 なぜこんなところで寝ていたのか――記憶をたぐりよせるが、電話を切った時の綾女の声しか思い出せない。

 身体についた草を払って立ち上がる。服は朝から着ていた黒のポロシャツとベージュのチノパンツだ。寝ぼけてひとりでこんなところまで歩いてきたのか、と考えるが、手がかりになりそうなことを何ひとつ思い出せない。

 河はたっぷりと水に満たされて輝いている。数日前に来たときは中洲が点在していたのに、家にこもっている間に雨でも降ったのだろうかと考える。
 頬をなでる風が心地よくて、隼人は目を閉じる。明るい夏の陽が隼人の身体を照らし、ここ数日まとわりついていた憑き物が落ちていくようだった。

 ふと視線を感じてふりむくと、すぐそばに虫取り網を持った少年が立っていた。どこか見覚えのあるその少年をじっと見ると、彼は警戒するようにじりじりと移動する。

「おっちゃん、新手のホームレスか」

 そんな風に呼ばれる年になってしまったのかと肩を落としながらも、少年を観察する。白いロゴTシャツに太ももが見えるくらい短い半ズボン。自分の少年時代を思い出させるような古臭い格好だなと考えていると、土手のむこうから声がした。

「はやとくーん、バッタ取れたぁ?」

 そう言って姿を見せたのは、ふちのついた帽子をかぶった少女だった。記憶にあるその赤いリボンが胸を軋ませる。

「おっちゃんのむこうに逃げてしもた」

 少年がそう言うと、少女は「ええーっ」と声を上げた。二人のやりとりを呆然と見つめていると、少年は虫取り網を構えながら言った。

「そこ、どいてくれへん? トノサマバッタがそっちいってしもたんや」

 警戒しながらも真剣な顔でにじりよってくる少年に従い、隼人は数歩移動した。それから別に自分が動かなくても少年が回りこめばよかったのではと思ったが、電車のように連なったままにじりよってくる彼らを邪魔してはいけない気がして、黙っていた。

「そりゃあ!」

 少年は勢いよく網を振りおろす。うしろについた少女が目を見開いている。
 けれど網の中に入らなかったようで、トノサマバッタは一飛びして草むらへ姿を消した。

「あーあ、はやとくんがあんなおっきい声出すから」
「あやちゃんがうしろにひっついてるから、やりにくかったんや!」

 負け惜しみを言っている少年を見ながら、隼人は鼓動が早くなるのを感じた。
 はやとくん、あやちゃん――それは幼い頃の隼人と綾女が呼び合っていた名前――

 体全体が心臓になったかのように、脈動が早くなる。急激に襲ってきた目眩をこらえながら隼人は声をふりしぼった。

「君たち……名前、何ていうの?」

 少年と少女は訝しげな顔をして言った。

「知らん大人に名前ゆうたらあかんて言われてる」

 子供時代の自分ならきっとそう言うだろう、と思うと勝手に笑いがこみ上げてくる。
 隼人はあらためて彼らを見つめると、鼓動を鎮めるようにゆっくりと声を出した。

「もしかして、丹羽隼人くんと……宮原綾女ちゃん?」

 二人は目を丸くして顔を見合わせた。その反応を見るだけで、もう十分だった。

「おっちゃん、何者や……」

 少年がそうつぶやくので、隼人は唾を飲みこみ、笑顔を作って言った。

「たぶん君の……遠い親戚……」

 そう口にしながら、全身から力が抜けていくのを感じた。

 どうして自分が今ここにいるのか、事態を把握するのは難しかったが、どういう理由であれ目の前にいる二人の子供は、幼い頃の隼人と綾女に違いなかった。

 真夏の太陽が意識を奪っていく。こめかみに流れる冷たい汗を感じながら、隼人は倒れた。遠くの方で「たぶんてなんや!」と言っている少年の声が聞こえたが、返答はできなかった。

 陽ざしがこの身を焦がしつくすなら、別にそれでもかまわないと思った。