K4
趣味が何なのかは気になっていたけど、知れたらそれでそれ以上趣味の事自体には興味が向かなかった。ふさがどうして趣味にしているかとかは聞きたいものだけど、今話そうとは思わない。作業を見ていても細かくて慎重にやってて、膨張しながら明るみを持つガラスは確かに綺麗に見えるけど、それほど気を引くものでもなかった。部分部分熱い風が吹いてきたりして嫌に気持ち悪く眠気が出る事もない。ああ、退屈。
退屈。退屈に思う事がふさの事を許容出来ない自分に自己嫌悪しかねないと、頑張ってそこかしこに目をやっているけど難しいものは難しい。無機質な倉庫内に炉と鉄の棒と、材料らしい鈍い色をしたガラス棒は沢山あるものの、肝心の作品は殆どここには置かれていない。煤とか付くからかも知れないけど。他の人が触っている物も、何度も炉に突っ込まれては変形を繰り返していて、あれに興味を持つのはスライム好きとかでないと厳しいんじゃないだろうか。
改めてふさの手元に視線を戻すと、今度は鉄金具の上でガラスを触っていた。大分形が見えてきていた。色味の強い赤色の細い線が複雑に絡められて、大きな金具の平面の中央から伸び広がっていく。外周には少しずつ落ち着いた色が散りばめられていて、彼女の見た目に反して作品はかなり豪奢な感じ。ずっと集中しっ放しでこちらの事など気にも留めていない様子だけど、頑張って気長に待っていよう。
「似合ってる?」
「えっと、私は……はい……」
行きに付けて来た空色の髪留めを外して、ふさがくれた出来立てほやほやのバレッタで髪型を作ってみる。大分派手だ。
「そう、似合ってるように見えるなら、良いよ」
不摂生な占い屋さんが散歩に出かけるというのは、珍しいイベントだ。近くの広場までのろのろと歩いていって、その辺のベンチに腰掛けて鳩に餌をやるだけの不定期に起こるイベント。道中の発言では主に日に当たる為にしてるらしいが、例え天気が悪くても行く時は行く。
「本日は晴天なり……」
ちんたらと店から出て、代わりの店番が出てくる。希少価値の所為なのか、このロボット風のNPCにすらファンらしいファンが居るのだから世界の広さを知れる。切り替わるとすぐに話しかけに行くプレイヤーが数人居た。後はゆっくり歩いているうちに郵便屋さんが飛んできて適当な会話をしていく事になるだろう。
予想通りまだ店が見えるうちに手をぶんぶん振りながら近付いて来る郵便屋さん。五月蝿くなるチャット欄。苦笑いする私。
「お散歩ですか? 何時もの広場までですか?」
「そうですよ」
「一緒に行きます! お天気ですね! 私は晴れてるの大好きです!」
相変わらず甘言垂れ流し状態で目的地まで尽きる気配が全くなさそうなのには感心しかしない。普段帰る時もキーボード持たせたら饒舌になったりしたらどれだけ楽な事やら。
広場に着いて、その辺の空いているベンチに二人で腰掛ける。すぐに足元に集まってくる鳩は相当卑しくなってしまっている。大きな時計台が中心にあるこの広場は最も大きいもので、待ち合わせ、溜まり場、露天、その他イベント様々な事で利用されていて人は常に多い。
AOのUIには時間表示が無くて、時間はAO内で設定されているので時計を見る事は日常的に頻度の高い行為で特徴的なもの。携帯時計もアイテムとして存在しているが、そこそこのお値段が付いているので時計台に目をやる人のが多いだろう。それとは別に、この広場でオープンチャットで時刻を読み上げているプレイヤーが居たりもする。特に時計台の真下のベンチの右側に座り続けている彼女、自身で時報をする事が自分の使命だと言わんばかりにずっと同じようにしている。外部ツールはかなり厳密に弾いているので、中の人の手打ちで。暇な時、居ない時、イベントの時とそれぞれ疎らな頻度で時間を読み上げる。
「あれ、先週の追加コスとかなり初期の方のコスの組み合わせだね」
「そうなんですか? 郵便屋さんの服っていじれないから私疎くて」
彼女は目立つ事を自覚しているので見た目に相当気を配っている。新しく追加されるコスチュームや細かなアイテムは多分全てコンプしてるだろうし、それを自分のセンスで組み合わせている。広場の一つの名物として1プレイヤーが存在してるのは興味深いものがあったし、散歩に行くおかげで度々程度の頻度で見るのが丁度良かった。
かなりの羽数が集まってきたので遠めに餌を投げながら、広場を見渡す。時報彼女の周りには何の理由か知らないが人だかりが出来ていて、イベントでも、ゴールデンタイムでもない今、開きっぱなしにされている露天は見ている人は殆ど居ない。騎乗スキルを活かして此処で旅の足代わりの客引きも珍しくは無いが、ギルドの集まりで数人居る人らは乗せられないと断っていた。そこそこ大きなギルドになれば集団移動用の大型牽引が出来る人がメンバーに居たりするものだけれど、当然何時でも居る訳じゃあない。
「郵便屋さんの鳥のモチーフって何ですか? 鳩?」
「えっ、えぇ!? 鳩みたいに見えます……?」
「いいえ? 近くに鳩が居たから」
「燕です燕! 綺麗でしょ?」
新しく追加された会話文だ。完全にネタだ。占い屋さんと私の表情がシンクロする。隣で上機嫌に愛を囁く郵便屋さんは特に変わりなく、滞りなく。増え続ける鳩は平和の象徴だった筈だ。ただまあ、聞くのも飽きないレパートリーには舌を巻く。
「私の事、可愛いって思います?」
「え……?」
不思議な問いだった。ふさ本人が打ち込んだものなのは判断が付くのだけれど、オープンチャットでの発言だった。考えようと思って、ゆっくりと息を吐いた。ふさ本人は可愛くはない。郵便屋さんは人気通り可愛く出来ている。どちらが、何故聞いたのか判らない。
「郵便屋さんは、可愛いですよね。人気もありますし、人受けが良いですよ」
無難な、占い屋さんが口にする言葉。
「私も、郵便屋さんって可愛いと思います」
今ポジティブなエモーションをしていない郵便屋さんが居る。私の隣に居る時にはとても珍しい。
「ふさ大丈夫? こっちでチャットした方がいいと思うけど」
管理者チャットに打ち込んで、占い屋さんと郵便屋さんの関係はしっかりしていると思っていた、異常なふさに心配する。せめて、散歩で目立つ広場に来ている時なんかじゃなくて、何時もの店の前でならこれほどはらはらする事もなかっただろう。何が彼女の動機になったのか知らないが、発言もエモーションも止まっているのは不気味ですらある。
「ごめんなさい。郵便屋さんって、素敵だと思ってます。私の理想で、体現で」
はっきりと本人の自覚を聞いて、思う。
「占い屋さんも、いけずな感じでも、郵便屋さんの事が好きなんですよね」
「……そうだね」