小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

「メシ」はどこだ!

INDEX|3ページ/16ページ|

次のページ前のページ
 

第2話



 美菜は目を輝かせて泰造に迫る。
「市場(かし)の人に訊いたりするんでしょう? お父さんその間買い物出来ないじゃない。何を買うか書いておいてくれたら、私が店に行って発注するわよ。それぐらいは出来るし」
 美菜は彼女なりに考えての発言のようだ、泰造は暫く左手を顎にあてて考えていた。この動作が、泰造が本気で考え事をする時のポーズである事は良く判っていた。
「お前、野菜は兎も角、魚の見分けなんか出来るのか?」
 どうも泰造は美菜を本気には信用していないらしい。
「幾つの頃から市場に行ってると思ってるの! 幼稚園に入った時はもうお父さんに連れられて一緒に行っていたんだよ。忘れた?」
「いや、それは知ってるがな」
「第一、いつもの店が、そんな変なモノを売ったら信用に関わるでしょう。お父さんだってそんな事が続けば店を変えるでしょう。ちゃんとしたモノを寄越すに決まってるわよ」
 確かにその通りかも知れなかった。泰造は美菜がそんな事まで思っている事に少なからず驚いたが顔には出さずにいた。
「それなら頼むか」
「明日からね」
「ああ、優子さんには今夜にも、引き受けると連絡するよ」
 こうして、美菜は仕入れ以外にも人探しの件でも泰造をサポートすることになったのだった。
 泰造はその夜、店の営業が終わる頃に優子に連絡を入れ、引き受ける旨を伝えた。
「ありがとうございます! よろしくお願いいたします。取り敢えず必要経費を送ります。幾らぐらいでしょうか?」
 泰造は花村のオヤジさんの事なら無料でも良かったが、美菜が『それはそれ、これはこれ』と強く行ったので適当な金額を言って口座番号を伝えた。
「では、明日にでも入金致します」
 電話の向こうの優子に泰造は
「でも、人探しは全くの素人ですので、余り当てにしないで下さいね。やはり警察が本命と言う路線は変えないで下さい」
 そう言って釘を刺すのを忘れなかった。

 翌朝、何時もより速く家を出た。市場の様子を美菜は知っているとはいえ、もう一度教えておきたかったからだ。
「何だかワクワクしちゃうわね。私、一度でいいから探偵の真似事してみたかったんだ」
 運転免許取り立てで練習代わりに走るには早朝の殆ど車の走っていない道路は持って来いだ。尤も市場に近づたら泰造が代わる事になっている。
 何時も駐める場所に車を止めて、竹で編んだ買い物籠を下げて歩いて築地の市場に入って行く。ターレーと呼ばれる電動の荷物を運ぶ三輪車が右に左に走って行く。その速さは人がジョギングする程度の速さなのだが……。
 泰造が花村のオヤジさんに連れられて市場に行った頃はターレーは電動ではなくガソリンエンジンで動いていた。単発と言うのか「ポンポン」と音を出すエンジンだったのを憶えている。その時実家にある「耕運機」と同じだと思った事も記憶している。
 やがて大きな屋根のある建物が右手に見えて来る、ここが場内と呼ばれる築地市場の本元だ。縦横に通路が仕切られてその間をやはりターレーは走って行く。扇型に作られた場内は横に人が通る通路が仕切られ、これは幅が一メートル程で結構狭い。仲買の店はその通路に表向いてある。店の裏にはターレーがすれ違える程の広さの通路がやはり仕切られていて、どっちが表向きだか判りはしない。表も裏も共通しているのはどちらも仲買の店が荷持を張り出させており、本来の幅よりかなり狭くなっている事だ。
 その横の通路に対して、横切る様に縦の通路も仕切られていて、こっちも本来はかなり幅が広いはずだがやはり荷物が出ておりターレーが簡単にはすれ違えなくなっている。
 そんな場内を泰造と美菜は歩いて行く。もし、初めて場内に入った人ならば、歩けるける様になるまでには時間を要するのでは無いだろうか。
 二人は慣れた感じで仲買の店先に並べられた魚を見て行く。これは、その店では買わなくとも、今日、どんな魚が入荷したのかを確認しているのだ。泰造はそれらを見ながら今日のランチの素材を考えて行く。
「ブリが大量に入荷したみたいだね」
 美菜が長方形の発泡スチロールに入れられたブリを見ながら呟く。何処の店にもうず高く積まれていた。
「そうだなブリの焼き魚定食もいいな」
 泰造もどうやら、そんな考えらしかった。

 二人は最初に何時も鮪を仕入れる「三上」に向った。花村もここで仕入れているからだ。顔を出すと見慣れた店員が近づいて来たので、手招きをする。
「どうしたんすか?」
 顎髭を生やした目のぱっちりした男だった。頭にはニットの帽子を被っている着ているものは市場関係者全員が着ている紺の作業の制服だ。それほど珍しいものでは無いが胸のポケットに店や所属する会社のネームが入っている。
 市場と言うのは実は自由に売り買いが出来る場所ではない。築地なら中央魚類と言う大卸専門の会社があり(半官半民の会社)そこが降ろした物で無ければ市場では売る事が出来ない仕組みとなっている。仲買の業者はその中央魚類が降ろした品物を仕入れて仕入れに来る業者(各店やスーパーや魚屋等)に売るのだ。だから他の商社が安いと言って来ても売る訳には行かないのだ。
「花村は今は誰が仕入れに来ているんだ?」
「え、花村ですか……長女の婿さんの和也さんですよ。あと一時間もすれば来ると思いますが」
「オヤジさんは来ないんだな?」
「たまに顔を出す程度ですよ。それこそ年に数回ですね。なんかあったんですか?」
「いや……まそのうち知れてしまうか……お前口は硬いか?」
「そりゃ……黙っていろと言われれば……」
「実はな、花村のオヤジさんの行方が判らんのだ。どうも『村上』がらみだと言う事なんだが、何か噂聞いていないか?」
 泰造の質問に店員は天井を見上げて
「さあ……『村上』ですか……」
 惚けたふりをしたと見た泰造は男の胸ポケットに千円札を二枚折りたたみ突っ込んだ。
「あ、これは……どうもすんません。いや、確かな事では無いから言い難かったんすよ」
「何だ? 何でも良い」
「これ、俺が言ったと言わないで下さいね。実は「鼻村」の店はウチで買って貰ってるんですが、オヤジさんは「村上」に最近出入りしているんですよ。それも婿さんにはどうも内緒らしんですよね」
「内緒? 店を変えるとかでは無くてか?」
「ええ、婿さんからは、変えるつもりは無い、って伺っていますからね」
「だから電話があったのか……」
「俺が知ってるのは、そんな程度ですね。あ、もう一つ、二三日前ですが「村上」の店員の一人がここから千住に飛ばされたそうです。理由は判りませんがね」
「そうか、ありがとう! 助かったよ。また何か聞いたら教えてくれ」
「判りました。色々と聞いてみます。それとなくね」
 店員はそう言って嬉しそうな顔をした。
 店の中に戻ると美菜がもう鮪を買って支払いをしていた所だった。
「どれ買ったんだ?」
 泰造の質問に美菜は秤の上に乗っている鮪の赤々とした固まりを指した。
「うん悪くないな」
 どうやら泰造の眼鏡に叶ったみたいだった。
「どうやら、千住に変わった男がオヤジさんと接触した奴ではなかろうか」
 泰造はそう呟いて他の品物を見て回る事にした。

作品名:「メシ」はどこだ! 作家名:まんぼう