「メシ」はどこだ!
第3話
泰造と美菜が次に向かったのは「中島水産」だった。ここは鮪以外の海産物を取り扱っている店で、ここも千住に支店を出している。泰造は魚を見ながら馴染みの店員に
「『村上』で千住に移った者がいるんだってね」
さりげなく尋ねると
「ああ、千住では隣同士だから知っていますよ。何でも人手が足りないとか……でもそんなに売れてる感じはしないんですけどねぇ」
「そうかい。今日は鰤はどう?」
「あ、安くていいのがありますよ。どのぐらいのが良いですか?」
「七キロぐらいかな」
「じゃあワラサだ」
「まあそうだな。あるかい?」
「こつちに積んでいますから、良いの見て下さい」
「美菜。見て選んでみろ」
「判った!」
泰造に言われて店の裏の通路に渦堅く積まれた発泡スチロールの箱を見て行く。箱の頭の部分の脇にキロ数が書いてあるので希望の重さの魚を身る。
「これがいいな。身が締まっていて傷が少ないから」
「姉さん。判ってるねえ。いつも早く来て良い物を買って行くねぇ」
泰造は勘定を済ますと
「車はいつもの場所だから」
そう言って店を後にした。市場では殆どのものは仲買がターレーに積んで車まで運び積んでおいてくれるのだ。だから買い手はその間も買い物が出来るという寸法なのだ。
市場は基本現金商売だが、大手のスーパーや店は掛け売りをしている。毎月月末に一度に支払いをしているのだが、こういう所はまず朝から市場にはやって来ない。前日に電話やファックスで注文するのだ。だから当日の情勢が判らず安いものや良いものを仕入れる事が出来ないし、店側から言えば現金の方が有り難いので、値段をまけたり、状態の良いものを現金のお客に流したりする。それをされても市場に来ない店はそれが判らないのだ。
魚を仕入れたので次は冷凍ものを買いに行く。基本的には仲買の売場は場内では同種の業者が固まっている事が多いので、別なものを買いに行くには場内を歩かなくてはならない。
「ねえ、千住に移った人って、忙しいと言うのは怪しいね」
美菜が泰造に言うと
「お前、ホントはそっちを手伝いたいんじゃ無いのか?」
泰造が半場呆れていると
「両方手伝うつもりだよ。いいじゃん!」
「まあ、好きにすればいい。でも、表向きはそう言う事だが実際は怪しいな」
「千住に行く?」
「そうだな……今日は無理かな。店に帰って仕込みしなくてはならんしな」
「目の前なんだけどね」
そうなのだ。泰造の店から千住の市場までは目と鼻の先なのだ。実際、築地よりも千住に行く方がどっちかと言うと多いぐらいで、築地は泰造が色々な店で花板をやって仕入れを担当していたので懇意になった店ばかりだった。
それに比べ、千住は店を構えてから通うようになった店が多く、中には泰造の過去を知らない者も多く居た。
冷凍物を扱う店で天麩羅に使う冷凍海老を仕入れて妻屋に向かう。妻屋は本当は八百屋なのだが、刺身に使う妻物を扱っているのでこう呼ばれる。普通の野菜から果物まで取り扱っている。
泰造はここで妻物や大根等の店で使う野菜を頼んだ。
「飯食うか……何が良い?」
「井上のラーメン!」
「好きだなお前」
「日本で二番目に旨い店だと思う」
「二番目?」
「そう。一番は残念ながら違う店なんだよね」
「まあいい。じゃ井上に行くか」
泰造と美菜は築地の場外にある新大橋通りに向かった。この通り沿いに目的の店はあった。幅一間ほどの間口しか無い店でカウンターには椅子が三つ並べられているだけで。あぶれた客は歩道に無造作に設けられた椅子とテーブルで食べるしか無い。勿論誰も運んではくれない。自分でラーメンと現金を交換して運ぶのだ。基本的に何処で食べようが噐さえ返せば文句は言われない。
「ふたっつくれ」
泰造がそう言って頼むと三十秒後には目の前にラーメンが二杯並べられていた。麺を覆い尽くすほどのチャーシューに、これも高さが数センチはあろうかと積まれた葱が特徴だった。
料金を払って美菜と二人で歩道のテーブルに運ぶ。
チャーシューをめくり、スープに口を着ける。澄んだ醤油味のスープだ。あっさりしているのにコクがある。決して濃厚とは言えないが、その旨味に思わず頬が緩む。
「美味しいね」
美菜が慈しむように呟くと
「ラーメンは麺も大事だがスープは本当に命だからな」
早くも泰造は箸を器の底まで入れて麺を表に出させて口に運ぶ。細い若干縮ぢれた麺が泰造に口に吸い込まれて行く。
「ここの麺は細いのに腰があるんだ。それでいて麺そのものが柔らかい。腰があると固い麺になりがちだが、ここは違う。柔らかく喉に吸い込まれるように入って行く。これこそがプロの仕事さ。エセ職人は見習った方が良い」
泰造の言葉に美菜も
「そうだね。本当に完成度が高いよね。それに本当に凄いのはこれだけのモノを平然と当たり前のように出してる事だよね」
店に顔を向けると数人がラーメンの出来るのを待っていた。そろそろ混み出して来る時間になって来たらしい。
ラーメンを食べ終えると二人は車の場所に戻って来た。
荷物の点検をすると注文した物は全て車に積まれていた。
「じゃあ帰るぞ。このまま千住に寄っても良いかな。時間も早いしな」
泰造が車の時計を確認しながら呟くと
「そう来るだろうと思った。仕込み手伝うからさ」
美菜もそう考えていたみたいだった。泰造の運転する車は一路。東京卸売り市場千住市場に向かった。