「メシ」はどこだ!
第12話
鷹村はやれやれと言った表情でビルの前に路上駐車している車を指さすと
「泰造さん。あの車の後ろのシートに座っている人物を見れば納得しますよ」
そう言って訳ありの顔をした。
「誰なんだ?」
「それはご自分で確認なさった方が納得出来るでしょうね」
そう言われては仕方ないので泰造は静かに車に近づく。車の後ろのシートの右側には確かに誰かが座っている。通り過ぎる振りををして車の脇をすり抜けるついでに覗くつもりだった。だが、後ろのシートで一心にスマホをいじっている人物を見て驚くと同時に自分の推測が正しかった事に納得してしまった。
ガラスを軽く叩くと、その人物は窓の外を見て驚きドアを開けて表に出て来た。
「泰造さん……どうしてここが……」
「愛子さん。まさかとは思いましたが……秀樹は中に居るんですね?」
泰造の言葉に黙って下を向く愛子。泰造は
「店の経営が苦しいんですね。そうなんでしょう?」
泰造の言葉に愛子は膝を崩して地面に膝付いた。そして両手で顔を覆って
「最初に誘われた時は断ったのです。でも、店の資金が乏しくなって、背に腹は代えられないと言いますが、魔がさして主人が手伝ってしまったのです。『花村』は千住より築地で仕入れていますから、ここでは顔を知られていないから。一度ぐらいは大丈夫だろうと思ったのです。品物を横流ししている事は何処の市場でもやっている事ですから、関係者なら誰でも知っています。昔から続いている事ですから、少しなら大丈夫だと思ったのです。でも一度では抜けることが出来ずにずるずると今まで……」
「それで親父さんが乗り込んで来たのですね」
「そうです。父は夫をなじりました。でも店は昔と違って、料亭で飲食をする人が少なくなって来ているのです。かって大勢お見えになった財界の方や政治家の先生も今はホテルを利用するようになりました。それは赤坂などでも同じです。銀座一と謳われた『花村』も昔ほどでは無いのです。色々な事をしました。レディースデイや昼間専用の安価なランチコースを作ってみましたが、当初は話題になっても直ぐにお客様は遠のきました。運転資金を銀行から融資して貰っていました。そんな中で誘われたのです」
愛子はそのまま地面に座りながら泣いている。
「愛子さんも現場に関わっていたのですか?」
泰造の質問に愛子は首を左右に振り
「いつもは夫だけが行っていました。でも今日は父が……」
「もしかして、中に親父さんが居るのですか?」
愛子は黙って頷いた。その瞬間泰造はビルの中に飛び込もうとして後ろから誰かに抱き抱えられた。振り返ると鷹村だった。
「落ち着いて下さい泰造さん。今は不味いです。もうすぐ三人が品物を持って戻って来ます。秀樹さんも居ます。彼らを尋問してからで良いでしょう。お父さんは中に居ます。何処に捕らわれているのか判りません」
鷹村の言葉に泰造は
「あんた。そこまで知っていて今まで黙っていたのか? どうしてもっと早く俺に教えなかったんだ。あんたが黒幕じゃないのか?」
そう言って今にも鷹村を殴りそうな感じだった。
「落ち着いて下さい。お義父さんは元気です。ただこの秘密を告発すると言ったので、そうしないで欲しいと説得しているのです」
「幽閉して説得しているのか?」
「言葉は悪いですが、そうですね。ヨーロッパから帰ってまた行く素振りを見せたのは他の者から目をそらず為です。優子さえ真実は知らない。いや教えていません。彼女は何も知りません。成田まで送らせたと愛子さんには証言して貰いましたけどね」
「じゃあ、その後何処かに移動したのか?」
「私が迎えに行きましたよ」
「何から何まで嘘と言う訳か、自分の妻も騙していたとはな。親父さんの説得に失敗して俺を引き出した訳かい」
「まあ、当たらずとも遠からずですね」
「じゃあ俺が中に入って親父さんを説得すれば何の問題も無い訳だ。表面上は」
「そうですね。でも、ほら帰って来ましたよ」
鷹村の言葉が終わらないうちにビルのドアが開いて三人の男が荷物を担いで出て来た。ビルの外に居る泰造と鷹村、それに愛子を見て驚いた表情をした。
「愛子、車に居ろと言っただろう……ああ、泰造さん! どうしてここへ」
SHURINPUと書かれた段ボールの箱を下ろして、その中の一人が叫ぶように呟いた。それが料亭「花村」の今の主、花村秀樹だった。
「秀樹、話は鷹村さんから聞いた。それほど店の経営が悪くなっていたのか?」
黙って頷く秀樹の姿を見て泰造は
「何で俺に相談しなかった。客足が戻る策を考えてあげられたのに」
そう言うと秀樹は顔を上げて
「泰造さん。もう時代が違うんですよ。誰も高級料亭で高い代金を払って料理を食べる時代じゃ無いんです。泰造さんが花板をやっていたバブルの頃とは違うんです」
そう言って泰造を睨みつけた。
「だからと言って犯罪に手を染めて良い訳ではないぞ。そっちの二人も顔は知っている。確か「大都」と「北魚」の社員だな。市場で顔を見た事がある」
泰造に言われた二人も正体が知れて肩を落とした。
「秀樹、何で高級にこだわった? 親父さんの命令だったのか?」
その時だった。ビルの入り口が開いて老人の声が聞こえた振り向くと「花村」の親父さんだった。美菜が肩を貸して支えている。
「へへへ、言われた通りに、お父さんが鷹村さんと言い合いしてる間に、こっそりと中に入って救い出したよ」
美菜は嬉しそうに言うと「花村」の親父さんを傍にのベンチに座らせた。
「美菜ご苦労さんだった」
泰造が労うと
「ありがとうな。しかし泰造は良い娘を持ったものだな」
親父さんは目を細めて嬉しそうにしていたが、
「秀樹、ワシは『花村』の店の格なんてどうでも良かった。名声に捕らわれて駄目になった店は幾らでもある。大事なのは何時の時代でも、お客さんを楽しませる事が大事だと言う事だ。お客さんが帰る時に『おいしかったよ』と言う言葉を貰いたくてこの商売をやっておるんじゃ。ここに居る食に関わる者達は皆そうでは無いのかな。ワシは少なくともそう思う」
親父さんの言葉に秀樹はうなだれて
「それは判っていたんです。でもどうしても経営が……」
そう言って泣き崩れる秀樹に親父さんは
「なあに大変なら店を売れば良い。銀座の一等地じゃ。土地建物一緒なら数億の価値はあるじゃろう。借金を返して、別な郊外にでも気軽に食べられる、それこそドライブのついでに寄れる様な店を出せば良い。そうすればワシの想いも受け継がれて行く。お前にはそれだけの腕がある。それはここに居る泰造も認めているじゃろうて」
泰造は親父さんから言葉を振られて
「そうだな。俺は修行させて貰ったから店には愛着があるが、潰れてしまうなら、形態は変わっても『花村』そのものが残るならそれで良いと思ってる」
泰造がそう言うと秀樹は
「判りました。それならこの横流しから足を洗います。でもこれはどうしましょうか?」
その言葉に皆が海老の箱が大量に入った二つの段ボールを見つめた。
「これはウチで処分しますよ。お義父さんやお兄さんが引いてもこれを無くす事は出来ませんからね。誰かが悪役を引き受けないとならないんです」