「メシ」はどこだ!
問題の土曜日が来た。いつもなら午後二時までランチタイムをするのだが、今日は一時半で終えていた。平日ならお客の来る時間だが、年末と言う事もあり、更に土曜なので一時を過ぎてからは客は誰も来なかった。
店を閉めて、片付けを済ますと泰造は美菜に
「じゃあ頼んだぞ。行って来るから」
「判った。お父さんも無理しないでね」
「ああ、今日は見学するだけさ」
泰造はそれだけを言うと歩いて店を出た。場所も目と鼻の先だが、現場で何があるか判りはしない。歩きで行くのが一番だと考えたのだ。
時間より若干早く市場の正門の所に着いた。鷹村は未だ来ていなかった。市場は働いている者も殆どなく。中で働いている者が次々と車やバイクで市場を後にしていた。もう少しすれば仲買の事務所で事務をしている者も帰宅する。そうすれば正門の所の詰め所に居る警備員が門を閉めて鎖で門を封鎖して鍵を掛けるだけとなる。それ以降は日曜の深夜まで誰も居なくなる。
昔はろくに鍵も掛かっていなかったので近道として市場の中を通り抜ける者や車もあったが今はそんな事は出来やしない。
二時を少し過ぎた頃に後ろから肩を叩かれた。振り返ると鷹村だった。
「今まで仕事していたもので、少し遅れました」
スーツにコート姿の鷹村は泰造に自分に付いて来るように促すと、先を歩き出した。
「何処に行くんですか?」
「問題のビルですが、あそこに直接行く訳にも行きませんので、向かいのビルに行きます」
まさか、そこは「石川」の倉庫では無いかと泰造は思った。
「石川の倉庫か?」
「はは、知っていましたか。倉庫の上が事務室になってるのです。階段の踊り場から向かいを見させて貰おうと思いましてね」
「許可は取ってあるのかい?」
「『石川』さんはお得意様ですよ。親父さんも薄々事情は知っていますからね。尤も仲買の関係者なら何が行われているかは大体知っています」
鷹村の言葉に泰造は、それは公の秘密と言う事なのかと思った。
「知っていて誰も止めなかったのか」
「だって考えて下さいよ。誰も被害者が居ないんですよ。『北魚』も『大都冷凍』も品物が整理されるし、我々商社も処分費が掛からずに済みます。仲買も常に新しい品物を仕入れられるし。誰も困る者が居ないんです。私も偉そうな事言っていますが、本音ではお義父さんに手を引いて欲しいんです。告発なんて止めて貰いたいと思っています」
鷹村は先を歩きながらそんな事を言って石川の倉庫の扉を開いて階段を登り始めた。登った先には「石川」の親父さんが待っていた。
「やあ、泰造さん。とうとうここまで来たかい。色々な事が一気に判って混乱してるかも知れないが、昔からの事なんだ。我々仲買には関係ない事だから皆、見て見ぬふりをしているけどね。でも俺自身はこんな事はこれからも続くとは思えないんだ。だから鷹村さんの頼みを引き受けたんだよ」
親父さんはそう言ってタバコに火を点けて美味そうに吸い込んだ。暗がりの中で親父さんの顔が赤く浮かび上がった。
「泰造さん。私の扱っているのは農産品です。その中でも枝豆が「石川」さんに降ろしているものですが、売ったものは良いのですが、売れ残ったものはどうなると思います?」
「枝豆か……値段を下げて売るか、豆を出してバラで料理に使うか……」
「そうです。最近、一部のスーパーで枝豆の豆だけをパックになった冷凍品を見た事がありませんか?」
泰造は、そう言えばと思い出した。最初は豆だけなど素人には使い道が無いのではと思ったのだ。
「じゃあ、あれは賞味期限切れの奴を使ったのか?」
泰造の疑問に鷹村は
「一旦回収して工場で再加工します。つまり房から豆を出すのですが、この時点で加工年月日がその日になります。つまり生まれ変わる訳です。尤もそんなものは市場では売れませんけどね」
泰造は格安で売られている枝豆の豆だけのパックの秘密が判った気がした。
「もう少しすれば連中が来ますよ」
時計を確認すると三時になろうとしていた。
「市場も完全に閉まったかな。残っていると危ないからね」
石川の親父さんはそんな事を言いながら呑気そうだ。自分には全く関係の無い事だから気が楽なのだろう。泰造も「花村」の親父さんが関わっていなければ、ここには居ない。
「来た!」
鷹村が小さく呟いた。見るとかって「北魚」と「大都冷凍」が入っていたビルの前に一台のライトバンが横付けされている。車から三人の人間が降りて来た。どうやら四人組だが一人は車に残っている見たいだった。見張り役なのかも知れない。
三人はビルの鍵を開けて中に入って行った。その中には「花村」の親父さんは居なかった。
「あの中には居ないな」
泰造の言葉に鷹村は
「今日の連中は冷凍海老ですからね。始末に困ってる奴ですよ。ウチの営業が処分を頼んだのですよ」
「でもそれじゃ売り上が……」
「簡単ですよ。もうすぐ賞味期限になります。そうなれば処分しなければならない。その処分費を値引きで売ったとして計上するんです。つまり会社とすれば処分費が浮く訳です」
「でも、そんな事をすれば何時かはバレる」
「それは、そうです。だから代々誰も口を割らないんです」
鷹村は事もなげにそう言った。泰造が溜息をつくとメールの着信のバイブが鳴った。美菜からだった。それを確認して泰造は
「やはり……」
そう呟くと画面を横から盗み見た鷹村が
「お嬢さんも真実を知ってしまったみたいですね。これは困った。本当の真実に気がついてしまったのですね。泰造さん。お義父さんが何故告発しようとしたのか、もうお判りでしょう。だから私はあなたに真実を教えたのです。優子の悩みもそこにありました」
呆然とする泰造の手には携帯が開かれていた。その画面には美菜からのメールが映っていた。
『「花村』は休業でお店は休み。そして誰も居ないわ!』
それが最悪ではなく、只の偶然だと泰造は思いたかった。