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亨利(ヘンリー)
亨利(ヘンリー)
novelistID. 60014
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あなたが残した愛の音。

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第8章 ひとみの部屋



・・・・・・・・・・
 ジャージ姿の博之は、大きなスポーツバッグを担いで、ひとみ先生と並んで歩いた。アパートに着くまでの間は、普段どおりの会話だった。
「アパートじゃピアノが置けないから、音楽室で練習するしかないのよ」
「俺が練習の邪魔してる?」
「ううん。もうコンクールとか出る気はないから、大丈夫よ」
「最近、俺も家で練習したくなる時があるよ」
「ちょっと、うまくなってきたものね」
「何か一曲、一人で完璧に弾けるようになりたいな」
「ショパンの『別れの曲』なんかステキよ」
ひとみは空中に指を伸ばして、その曲を弾くイメージをした。
「その曲、全然知らない」
「えぇ? そうなの? 心に残る、『愛の音』って感じよ」

 3階建てのアパートの2階に、ひとみ先生の部屋があった。非常勤で博之の中学に来ている間だけ、借りているそうだ。

 博之は部屋に入ると、少し緊張した。女の人の匂い。カーテンが引かれた薄暗い部屋の中に、洗濯物が干されていて、下着も見えた。ひとみ先生は、急いで洗濯物を取り込み、窓を開けた。そして、キッチンのテーブルの上を片付けて、博之に座るように促した。

「この部屋に、男子が来たの初めてよ」
「一番乗り! 俺も女の人の部屋、初めて。フーン。こんな部屋に住んでるんだ」
「紅茶淹れるね」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「この曲、『別れの曲』です」
「ええ、母の好きな曲です」
 その時、カフェに流れるその曲がちょうど、ショパンの練習曲作品10第3番ホ長調『別れの曲』だった。

「この曲も10の3(ヒトォ・ミ)だなんて。フフフ、結局一人で弾けるようには、ならなかったんですけど」
「練習は続けなかったのですか?」
「あの冬に先生は転勤で引越しされて、二度とお会いできませんでしたし、ピアノを持ってなかったですからね。高校の時に友達のシンセサイザーでちょっと練習してみたけど、それっきりです」