小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ひこうき雲

INDEX|34ページ/54ページ|

次のページ前のページ
 

15.輝き


 都内や中京地区を中心に、遠くは東北、北九州までを秋葉原のオフィスと行ったり来たりしながら続けた挨拶廻りで最初の3週間はあっという間に過ぎた。挨拶廻りの合間、オフィスに戻る度に、デスクには決済書類が山になっている。
 ウチでは営業の戦力を有効活用するため、基本的に直接顧客とやり取りのない副課長が審査、課長が承認を行うことで決済される仕組みになっている。これにより主任・係長クラスは部下の育成と進捗管理をしながら自らの顧客に集中できるというわけだ。逆に顧客からの発注、問い合わせが滞らないように課長、副課長は出張続きでもオフィスに立ち寄ったり、同時に出張や休みを入れないようにしている。
 挨拶廻りを終えて遅くにオフィスに立ち寄る。「遅く」と言っても開発の頃とは比にならない「早い」時間だが、22時を回って残業している人間は滅多にいないから、セキュリティーロックの解除と施錠はここに来て最初に覚えた。残業が少ないから部下も人間らしい生活が出来ているに違いない。その点、部下の家庭まで心配する必要はなさそうだ。だが立ち寄っても部下が誰もいないのは困った面もある。審査するにもイマイチ意味の分からない書類があるからだ。この担当に就いたばかりだから分からない点が多いのは仕方のないことだが、自分の責任でハンコを押したりサインをする以上は、分からないままにはできない。特に性能を示す数値や仕様については、「なんでそのそうなったのか」気になるのが設計者のDNAなのかもしれない。その辺は、顧客とどのような打合せをして決定したのか、というのが気になるところだ。特にオーダータイプの場合、顧客が求めるものがカタログにない以上、顧客が何を求めているのか明確になっていないとトラブルの元だ。もし、顧客の要求と異なるものを納めてしまった場合、時間も金も取り返しがつかなくなる。
 それが分かる様な書面が付いていれば問題ないのだが、忙しいのかやっても意味が無いと思っているのか、説明のメモすら無いモノが多い。ちょっとしたメモだけでいいのにそれが無い。開発にいた頃はありえないことだ。仕事の基本じゃないか、同じ会社なのに文化が違うのか、それとも俺がナメられてるのか。
「これでどうやって決済するんだ。君は俺に何をしてほしいんだ?」
と叱り付けたいところだが、ここのすべての仕事を理解しているわけではないので、それは後程。そもそも書類も分からないことだらけだ。
 翌朝、オフィスに早めに顔を出す。今日挨拶回りに行く取引先との状況の最終確認だ。もし昨日今日で相手との取引に問題が発生していたら、それを知らずに出向くのは最悪だ。メールや電話で部下に確認すればいいのかもしれないが、できれば直接確認したい。始業時刻前でも問題が起きていれば早めに出社しているだろうし、職場もざわついている筈だ。ま、それは当然のこととして、
 もうひとつの目的。
 そう、決済書類の不明点の確認だ。始業時刻前だから、部下はまだ来ないかもしれないが、これから新幹線に乗らなければいけない忙しい朝でもギリギリまで待つ、
-まだ仕事が始まっていないのに、自分本位の嫌な上司だ。-
 そう思われてもいい。顧客に迷惑を掛けるよりはマシだ。ついでに俺の中で仕事上不明確な点も話の中で明らかになれば勉強になる。
 だが、そう簡単にはいかなかった。
 やっと現れたその部下、営業一筋12年目の諸岩が挨拶もそこそこにデスクで缶コーヒーを開ける。そこへ俺は挨拶の声を掛けながら笑顔で近付く、
「昨日、出してもらったこの仕決書類だけど、工場のラインで使うんだよね。お客さんとは受電設備の高調波対策とか打合せてるの?ACリアクトルの追加とかないけど。」
 平たく言えばインバーターの類は電力変換装置、電気の形を自由自在に変える装置だ。すると電気の出入り口である受電設備の内と外では何らかの差が起こる。それが「ひずみ」だ。基本的にはフィルター回路などで、その歪を最小限に抑えようとしているが、完全に消し去ることはできない。それが高調波だ。そいつらは回路や電波にいろんな悪さをする。AMラジオに入る雑音を聞くとそれが手に取るように分かる。あ、そもそも今の若い人に「AMラジオ」なんて言って分かるのかな、まあいい。フィルタ回路同士も相性が悪いといろんな悪さをする。最悪の場合、火災にもなる。だから、顧客が他にどのような設備を持っているか確認しておく必要がある。
 回転する椅子なのに体はデスクの正面に向けたまま、顔だけこちら向けて俺を見上げる諸岩。
あ~あ、だらしなく口を半開きにしちまって。今にも欠伸をしそうだ。
 このクソガキがぁっ!おっと、今は我慢だ。
「ああ、それは打合せ済みです。ハンコさえ押してくれれば大丈夫なんです。」
 早めに出社し、パソコンに向かっている者、新聞を広げている者、雑誌を読んでいる者、デスクにまばらに座って思い思いにくつろいでいた人達の動きが止まる。
 言葉遣、語気、意味のバランスがとれていない諸岩の言葉に、ある者は驚き、ある者は次の言葉を促すように好奇の目を向けていた。叱る者は一人もいない。
(あ、叱るのは上司の俺の役目か)
 こんな話し方で客と話してるのか、と心配になるような言葉遣いだが、語尾を強めた言い方は明らかに「黙ってハンコ押せばいいんだよ。」という俺自身に向けての当て付けだ、だから俺に対する態度が言葉遣いに現れてるだけらしい。
 じゃあ何で顧客支給の品名が書いておかないんだよ。ウチの装置と繋げる端子のサイズとかどうなんだ?それとも配線も端子も顧客支給なのか?工事はどこまでウチなんだ?「なあなあ」にしてたら結局ウチが負担するようになるんじゃないか?後から正しい取引しようとしたってトラブルになるだけだ。
 まあいい、大丈夫だというなら信じるしかあるまい。畑違いの俺は教えてもらわねばならない立場だ。それにこれが営業のやり方なのかもしれない。
 問題があれば改善すればいい。どんな仕事だって一緒のはずだ。そのためには改善へ向かおうとし、困難を根気強く解決する力が必要だ。それを産むのは信頼しあえる仲間が作るチームだ。
 諸岩にこんな態度を取られているようでは無理だ。信用を得るには、それこそ「なあなあ」では、ダメなんだ。チームが上手くいっているように見えるが、「あの上司は口だけで何も知らない。やることだけやってりゃいい。」「部下には、もっと一生懸命やって欲しいが。まあいいか」中身は妥協の組合せでしかない。妥協という形は、ちょっとしたズレが修正できずに組合せが崩れてしまう。
 そうならないためには、仕事で一目置かれるようにならなきゃダメなんだ。弱点があってもいい。役に立つ強みがあればいいんだ。その組合せは、お互いに弱点を柔軟にカバーし合い、多様な強みが形を自在に変えて現状や未来の課題を発見し、困難に柔軟に対応できる強いチームを作る。
作品名:ひこうき雲 作家名:篠塚飛樹