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ひこうき雲

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 もっと酷いことがある、オーダー案件で他社が身を引いた、いわゆる「ゲテモノ案件」だ。何がゲテモノかって?それは色々さ、単純に利益が見込めない案件はまだましだが、組み合わせが不可能な仕様や、酷いのになるとオーダー製品の範疇(はんちゅう)を超えた不可能なことだらけの仕様なんてのもある。そもそもオーダー向けの製品は、大量生産の標準品よりも性能と拡張性に余裕のあるベース機種に顧客の要求に合わせたアレンジを加えて出荷する。そのアレンジ設計と製造への組立手配を行っているのが鳥井のいるオーダ設計課だ。その範疇を超えてしまったら開発案件となり、開発設計が新たな部分の設計を行い試作、そして機能試験が必要となる。新製品の開発や現行品のコスト削減のための設計変更で大忙しの毎日に、この余計な仕事はキツイ。特に現行品のコスト削減は、性能や価値を変えずにコストを下げるVE バリュー・エンジニアリングと呼ばれる手法で、これがなかなか厳しい。いろいろな部署のお偉いさんが集まった会議でネタやアイデアが出されるが、出来るかどうかを検討し実現するのは開発。出来ない理由も当然追求される。ハッキリ言って専門外の素人ほど突拍子も無いアイデアを出しておいて出来ない理由を納得してもらうまでに時間を有する。はた迷惑な話だ。しかも進捗は毎週会議で追求される。安く出来るかもしれない製品を毎日製造している訳だから、そりゃあもうお偉いさんは必死で俺達第一線の人間のケツを叩きまくる。開発も評価試験を行う品証も、部品調達を行う資材も課長から担当までその場でボロボロにされる。だから開発には仕事の波が無い。いつも高止まりだ。そこに営業の奴らがブッ込んで来る。出来もしない仕様を顧客と打ち合わせて来て「なんでウチでは出来ないんだよ。」と俺達には高飛車な態度。「イヤイヤイヤ、それはあんたらの営業事故でしょ。」
何度怒鳴ったことか。
 そして製品が出荷されて間もなく社内報に満面の笑みの営業の顔が載る
-他社も手を出せなかった難しい案件を納入しました。-
「オイオイオイ、苦労して作ったのは俺達だろ。」
 奴等は臆する事もなく自分達の手柄にする。
 一品モノので量産効果の得られない大赤字の製品、下手したらその後も類似品の受注が無く、世界にたった1台の製品。な~んてのをオーダー価格で売ってしまう。最初から新規開発として売るべきモノを奴らは喜んで取って来る。他社が「出来ない」のではなく、採算に見合わないから「やらない」案件なのに、それに気付かず天狗になってる嫌な奴等。
 「人の好き嫌いで仕事をするな」
 懐かしい声がこだまする。最初の上司の声だ。

 まずは奴等、もとい、コイツ等を好きになることから始めなきゃな。魂は開発でもいい、いや開発だからこそ、コイツ等にとって、メリットになれる。そして相乗効果の輪を広げよう。
 ただ、これが容易ではないことも事実だ。なぜなら、根本にあるのは、俺も人間ならあなたも人間。関わるみんなも人間だからだ。つまり人格だ。それが自分に備わっているかは分からない。これまで開発で上手くやれたのはみんなの人格が共鳴し合った結果だ。最高の仲間だった。
 そうさ、最高の仲間をここでも作ればいいんだ。最初は嫌われるかもしれない。でもきっといつの日か通じるはずだ。目的は一緒なのだから。
 満員電車の車窓には様々な顔が映る、俺達の仕事がどこかでこの人達の暮らしを支えている。そして俺もきっとどこかでこの人達の仕事に支えられている。お互い名前も知らない、次に顔を合わせても当然分からない程度の存在。その中心にいい目をしたオッサンがいる。
 やろうぜ、俺
窓に映ったオッサンが微笑む

作品名:ひこうき雲 作家名:篠塚飛樹