尖閣~防人の末裔たち
「ヘリが居なくなって、中国海警船の監視が、がら空きになってしまいましたが、海保は巡視船をこちらへ回せずにいます。魚釣島へ向かっている中国の漁船団への対応で手一杯らしいです。そこで、海自がP-3Cを回してきました。海保ヘリの救助支援、という名目で。。。まったくこの国は。。。あ、失礼。
そのP-3Cが先ほどまでしつこく低空飛行をしていた機体ですが、現在、2機の中国海軍Su-33に追い回されています。」
ここでまた言葉を区切った。
「空自の戦闘機は来ないんですか?」
忙しくメモを取る古川の声が怒りに震える。
「空母です、遼寧という空母、我々も実験段階で航空機の運用能力は無い、と見ていました。みんなそうだと思います。油断していたんです。それにこの海域から離れていたのでノーマークだったんだと思います。しかし、離れていると言っても、戦闘機にとっては大した距離じゃありません。至近距離です。空母から発進した戦闘機は、あっと言う間にこの海域に到着しました。勿論、那覇から戦闘機がスクランブル発進しましたが、まだ到着していません。これが空母の恐ろしさです。今のところは以上です。」
河田が、締めくくった。
「何から何までありがとうございます。」
と古川が深く頭を下げると。河田は「とんでもない、」と笑顔を向けて
「先ほど上で話をして、あなたと私達、手段は違いますが、目的は一緒だということを知りました。
この国を当然のように守ることが出来る「あたりまえ」の法改正と体制強化。
私達はWin-Winの関係でなければならないと気付いたんです。今回は、あなたの力が有効です。喜んで協力させていただきます。
あなたの「ペンの力」見せつけてやってください。」
作り笑いではない河田の笑顔があった。
古川は深く頭を下げ、礼を言った。
目に涙が浮かびそうになるのをはぐらかすように、ポケットから衛星携帯電話を取り出し、権田に電話を掛けた。
「「いそゆき」こちらSeagullー02、中国の戦闘機の追尾を受けています。この状況での着水は困難です。離脱します。」
切迫した声がイヤホンから伝わる。
「まだまだあっ!Continue approach!(着水へ向け、進入を続けよ!)」
皆川の力強いダミ声が無線に割って入る。着水のため速度を落としているUS-2・Seagull-02に向かって、皆川が上空から降下しながら突進させたP-3C・Tidaー03は、瞬く間に追いついた。
追いついた皆川は、US-2・Seagull-02の背後に張り付いていたSu-33の真上に覆い被さるように陣取り、押し潰すようにじわじわと高度を下げる。Su-33は、他のジェット戦闘機同様、低速・低高度ではその運動性能を殆ど発揮することができない。傍目には優勢に見えているSu-33だったが、実は低速・低高度で何とかバランスを取りながらやっとの思いでUS-2・Seagull-02を追尾していたのだった。
ベテランの皆川は、このプロペラ機に残された限りなく少ないアドバンテージを見逃さなかった。低空だったために眼下に迫る海と、真上らジワジワと迫ってくる大きなP-3Cに押し潰されそうになり、バランスを崩したSu-33が、急加速しながら右旋回で離脱していった。Su-33の2つのジェットノズルを染めるオレンジ色のアフターバーナー(推力増加装置)と、突如大きくなった爆音が、その慌てようを体現していた。そのSuー33は右旋回を終えると水を得た魚のように、急激に上昇していった。
皆川の突進を、勝算のないヒロイズムに駆られた自己犠牲だと思っていた大谷は、皆川の操縦技術だけでなく、様々な飛行機の特性を知り尽くした理論の深さと機転の鋭さに度肝を抜かれた。
「Seagull-02、こちらTida-03、金魚の糞は追い払った。安心して着水してくれ。」
皆川の安心感溢れるダミ声が心地よく響いた。
「了解、Tida-03、感謝する。那覇でオリオンビールを奢らせてくれ。」
大谷が皆川を見た、皆川と目が合うと、2人して大声で笑い合った。
着水に向けて最終進入経路を直進していたUS-2・Seagull-02にSu-33が急接近しているのをレーダーで確認し、緊張が走ったCICの面々だったが、その直後にP-3C・Tida-03を示す輝点がSu-33に突進し、その輝点と重なった瞬間、CIC全体が戦慄に凍り付いた。
「進入を続けろっ!」とTida-03が無線交信に割って入って来た時、彼らの無事を知り、深い溜息がCICのあちこちから漏れた。そして間もなくSu-33が急加速して右に離脱していくのを目の当たりにしてCIC全体が喚起と驚きの声で充満した。
「すげ~。P-3Cのくせにスホーイを追っ払った。」
「神業だ」
あちこちで賞賛の声が起こった。
倉田も思わずガッツポーズを繰り出す。さすが皆川さんだ。
その直後に、
「Seagull-02が着水しました。」
Seagull-02を誘導していた三田が、周囲のお祭り騒ぎに負けないように声を張り上げた。
倉田は頷くと、マイクを握った。
「艦橋、こちらCIC、艦長だ。副長、Seagull-02が着水した。すまんが負傷者搬送の指揮を頼む。」
T字形の尾翼が機体の優雅な曲線を引き立てるUS-2・Seagull-02の後ろ姿を大谷はじっと見つめていた。濃厚な青色の機体が海面に吸い込まれるように馴染んでいくと白い飛沫が立ち、長く、白い尾を引いた。両翼の下からも細く白い筋が伸びるのが見えた。海面に降り、急激に速度を奪われた眼下のUS-2は、あっと言う間に後ろに流れ去ろうとしていた。
「よ~し、ナイスな着水だ。」
皆川は呟くと、スロットルを大きく開き、速度を増すとUS-2を一気に引き離していく、皆川は、翼を左右に振る「バンクを振る」と呼ばれている合図をしながら飛び去った。
「サンキューTi-Da-03」
無線から聞こえるUS-2・Seagull-02の感謝の言葉を後に、皆川はバンクを終えるとP-3C・Tida-03を左上昇旋回に入れた。ホッとしたのか、大谷にはGが心地よく重力に引かれている身分を感じさせる。さっきまではGなど感じる余裕もなかった自分に苦笑した。
「大谷さん、機長に伺いも立てずに勝手なフライトしてすみません。最後にもう1つお付き合い頂けますか?」
皆川がかしこまって言った。
「いえいえ、私なんかじゃ、何にも出来なかったですよ。とても勉強になりました。ありがとうございます。最後までお付き合いさせてください。」
こんなチャンスは、一生に何度もないだろう。この人の技を少しでもモノにしたい。大谷は熱意を言葉にすると、皆川に頷いて見せた。
「ありがとうございます。では、そうさせて頂きます。さっきの中国海警の船団の上空でもう一度暴れさせてください。戦闘機を引きつけます。」
皆川の顔は険しいさに歪んで見えた。そうとうな危険を覚悟しているらしい。大谷は固唾を飲み、
「引きつける?ですか?」
と言うのがやっとだった。自分には、何のためにやるのか分からない。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹