尖閣~防人の末裔たち
「そうです。2機のスホーイ戦闘機は、我々にしてやられて、振り上げた拳を降ろせない状況にあります。このままでは、US-2へのさらなる妨害があるかもしれません。
でも彼らの受けた命令は、多分中国海警船から当機を追い払うことだったんだと思います。ですから、当機が船団上空に戻れば、当機を追い払うことに必死にならざるを得ない。その艦にUS-2に負傷者を搬入してもらい、那覇へ飛び立ってもらいます。US-2が飛び立つまでには空自の戦闘機が到着るでしょう。そうすれば中国の戦闘機も好き勝手はできない。それまでの辛抱です。
彼らが冷静さを失っていると、当機にとってはかなり危険ですが搬送ミッションを成功させるにはこれしかない。と思います。」
皆川が静かに考えを述べた。
「なるほど。それしかないですね。行きましょう。」
大谷は、自分の納得を伝えるべく力強い口調で答えた。この短時間にそこまで考えられるなんてすごい。どうやって、鍛えたんだろうか、今度酒でも飲みながら裏話を聞いてみよう。生きて帰れればだが。。。大谷は左旋回して下がった左翼の先に見える護衛艦「いそゆき」をじっと見つめた。頼むぜ。。。
「艦長、副長から連絡。負傷者を乗せたランチ(護衛艦搭載のボート)出発しました。10分後にUS-2に移乗予定」
静かになったCICに響いた声の主に、倉田は頷いて見せた。周囲で「よしっ」という声がちらほら聞こえた。
ありがとう。みんな。もう少しだ。頑張れ、昇護。見送り出来ずにすまんな。
倉田は、息子の昇護の容態は医官の島田3佐から逐一報告を受けていた。意識は朦朧としているが輸血と止血により血圧、心拍数も安全圏に入っているという。あとは、那覇での手術まで内臓が持つか。らしい。あと少しだ。倉田は、深くゆっくり息を吐きながら逸る気持ちを押さえる。あとはUS-2に任せるしかない。
「艦長。TiDa-03が中国海警船団に再び向かっています。中国軍戦闘機がTida-03に向かい始めました。」
レーダーを見ていた渡辺2曹の切迫した声がCICに響く
「何っ、」
倉田は、レーダー画面に駆け付けた。魚釣島へ反転したTiDa-03の輝点にむかって、2つの輝点が急速に接近している。
なるほど。倉田は、皆川の考えを理解すると、複雑な表情で頷いた。ありがたいが、危険過ぎる。旧ソビエトの戦闘機が相手だったら、確実に撃墜されてしまうだろう。中国軍機がどう出るか、だな。。。しかし、倉田にもそれしか方法はないように思えた。
「すまん。。。」
倉田は項垂れる、自然と拳を強く握っていた。
「「いそゆき」こちらTida-03、中国軍戦闘機2機の追尾を受けている。当機との交信記録とレーダー記録を取ることを具申する。」
皆川のダミ声にも緊張が感じられる。記録を取ってくれ、と皆川が言ってくるということは、万が一の事が発生することを覚悟している。ということだった。万が一のこと。。。空中接触や、最悪の場合撃墜された時など、証拠として国際社会に訴える事ができるからだった。倉田は、まだ中国軍機が他国の航空機を撃墜したという話は聞いたことはないが、数年前に東シナ海で飛行中のアメリカ海軍のP-3Cに中国空軍のF-8Ⅱ戦闘機が接近し、空中接触するという事件があった事は確かだった。万が一が無いとは言い切れない。
「了解、記録を開始する。Tida-03。すまん。。。グッドラック」
皆川さん頼みます。倉田が祈るように返事をした。
古川の衛星携帯電話が無機質な着信音を鳴らした。
急いで衛星携帯電話を取り出した古川がボタンを押した。
「はい、古川です。はい。ええ、そうですかっ!ありがとうございます。今、海自のP-3Cが中国軍戦闘機2機の追尾を受けています。はい。送ります。ありがとうございました。」
古川が電話を切ると、河田と広田に顔を向けた。
「ありがとうございます。間もなくテロップを流すそうです。」
古川の笑顔に、河田も広田も安堵の笑顔で答える。
「で、ついでにお願いがあります。この状況を、メールで実況させて欲しいんです。更に中国への歯止めになると思いますし、政府の無策ぶりを国民に訴えることもできます。」
古川の申し出に、河田は快く頷くと
「分かりました。一石二鳥ですね。こちらも傍受した情報を逐一古川さんに連絡します。」
ありがとうございます。では、お借りします。
古川はノートパソコンに再び向き合うと、機関銃のような速さでキーボードを叩き始めた。
-領空で中国軍戦闘機の追尾を受ける海自P-3C-
見出しが画面で踊る。
ちょうどその時、
「あ、テロップが流れましたよ。」
広田が、産業日報系列の衛星放送を映していたテレビ画面を指差した。
ありふれたドラマの会話シーンの画面の上端に
-尖閣諸島で中国海警船を監視中の海上保安庁のヘリコプターが何者かに銃撃を受けました。副操縦士が重体の模様-
振り向いた古川の肩に河田が手を乗せ、笑顔で頷いた。
「古川さん、やりましたね。中国政府も、先手を打たれちゃあ静観できないでしょう。姑息な工作もでいない。」
「「いそゆき」こちらTida-03、スホーイにロックオンされた。繰り返すロックオンされた!」
皆川とは対照的な大谷のクリアな声がスピーカーから流れてきた。恐怖に声が震えているようだった。BGMのように警報が鳴り響いているのが分かる。
「了解、こちら「いそゆき」無線での警告はあったか?」
倉田が、問いかける。落ち着け、自分に、そして、周囲に念じる。
「ありません、いきなりロックオンされました。振り切れません。」
大谷の声がCICに響く。
「了解、刺激しないよう直線飛行を続け、バンクで合図を送れ、このままだと何が起こるか分からん」
倉田の声がいつの間にか厳しい命令口調に変わっていたが、本人も、周囲も気にしている余裕はない。
倉田はさらに強く拳を握りしめると、
「シースパロー。打ちぃ方用意!」
覚悟を決めたように静かに、しかし力強く命じた。シースパローは、「いそゆき」が搭載する艦対空ミサイルで、8発入りのランチャーに納められている。射程約26km。今ならギリギリ届く距離だ。もともとF-15を始めとした西側の殆ど戦闘機に搭載されたスパローミサイルの改良型であり、運動性は極めて高い。このミサイルに追尾されて逃げ切れることは、並みのパイロットでは不可能だろう。
一瞬、CICの全員が振り返るが、倉田の決意が現れた表情を目にし、納得した表情で命令に従う。緊張に凍っていたCICの雰囲気が一気に活性化する。射撃管制員が目標の諸元を復唱しながら打ちこむ声が聞こえ、矢継ぎ早に様々な指示が飛び交う。そして倉田の次の命令を待つ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹