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尖閣~防人の末裔たち

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右隣にいる筈の河田の乗る「やまと」は、中国海警船の陰に隠れて全く見えない状態だった。「やはぎ」の船橋で、田原はヘッドセットのマイクを指先でつまみ、口元へ運ぶ。
「了解」
と短く答えると、タブレットの画面を見る。
そこには、黒地に白い文字で
「やはぎ」・・・以下に従い操船
速力;22ノットまで加速
操舵;取舵15度
と表示されていた。
田原は、画面を確認すると
「動揺運動開始。増速5、速力22ノット、取舵15度」
と船内マイクで指示した。
隣で車のハンドルのような舵輪を握っていた船員が
「と~りかぁ~じ15度」
と抑揚を付けた声で復唱して舵輪を左へ回した。
速度が一定となり、排気煙が落ち着くと間もなくタブレット端末の画面の中央に赤く点滅する大きなボタンが出現した。田原は「命令更新」と書かれたそのボタンを押すと
今度は
「やはぎ」・・・以下に従い操船
速力;12ノットまで加速
操舵;面舵15度
と表示された。
田原は、船内マイクのスイッチを押すと、タブレット端末の表示に従い、再度指示を伝えた。

 河田の漁船団の各漁船が、加速と減速、面舵と取舵を無造作に繰り返す。古川が乗る「やまと」も例外ではない。河田が船内放送で矢継ぎ早に速度と針路の指示を与え続けている。古川には中国海警の船が前に出たり急速に接近して接触しそうになったり後ろに下がったり激しく動いているように見える。中国海警の船は、多くの船員がデッキに出てきて手を上げて振り回して何かを喚いている。多分「接近するな」とでも言っているのだろう。
上空の海保のヘリからは、中国語と英語の警告文が大音量で流されている。
中国語はよく分からないが、英語の警告から推測すると
「中国の船舶へ、貴船は、日本国の接続水域を航行し、日本国の領海に接近している。日本の領海に侵入しないよう警告する。」
と言っているらしい。相変わらず強制力のない言葉だ。警告というよりは、「お願い」だな。古川は苦笑した。
河田は、左右を交互に見ながらマイクで指示を出しながらも時々キーボードを数秒叩いて何かをタブレット端末に入力していた。確か執筆を始るためにキーボードを追加したとは言っていたが、この状況で執筆活動ではあるまい。GPSの件といい古川の河田に対する不審が更に募る
「まさか、こんな時まで執筆活動ですか?」
古川が河田に訊ねた。疑いを持っていることを悟られないように多少冷やかし気味の口調を心掛けた。
「えっ、メモをね。とは言っても古川さんには無駄ですね。流石はよく観察していらっしゃる。なんで他の船に指示を与えないで複雑な運動を行えているのか不思議に思いませんか?彼らは当てずっぽうのように動いているわけではありません。かといって私が無線で指示しているわけでもない。
実はプログラムなんですよ。ウチにもすごい人間が居りまして、その人を中心にいろんなプログラムを開発してもらってるんです。現代は情報処理能力が重要ですからね。私は、刻一刻と変化する状況に応じて条件を入力するだけ。私の入力した条件に合わせた各船の細かい動きが算出されて、自動的に各船のタブレット端末に表示するんです。各船の船長は、表示された指示に従って自分の船の船員に命令をするだけでいいんです。すごいでしょ?」
河田は、笑顔を見せる。まるで、新しいおもちゃを買ってくれた大人に、その機能の凄さを説明する子供のようだった。
だからサクセス7を使っていたのか。。。それならば自作システムを組みやすい。システムには疎い年寄り集団だとばかり思っていたが、全くの逆だったとは。。。
「そんなにすごいシステムを自分達で作ったんですか。凄い人がいるんですね~。自分達で作ったシステムは、最高のシステムでしょうね。買ってきたり、作ってもらったりしたシステムは大抵どこかが未熟だったり、誤解があったりで使いづらいですからね。」
古川が新聞社に勤めていたころに導入したシステムもそうだった。開発の過程でどうしても、誤解やズレが生じ、「かゆい所に手が届く」最高のシステムはなかなか出来ない。かといって自分達で開発するような能力も時間的余裕も無かった。
「そうですね、私も自衛隊に居たころは苦労しましたからね。だから自分達で使うシステムは極力自分達で作れるような組織を作ってきたんです。人集めに苦労しましたがね。あっ、もうすぐ領海に入ります。中国はどう手を打ってくるか。。。」
中国海警側は河田の「動揺運動」に業を煮やしたのか、英語で呼びかけてきた
「Warning!Warning!Warning!Japanese fishing boats!Japanese fishing boats!This is China Coast Guard.Stop the dangerous behavior immediately.Stop the dangerous behavior immediately.。。。。(警告する!日本の漁船へ警告する。こちらは中国海警局。ただちに危険な行為を止めなさい。)」
河田は、ふんっ。と鼻で笑うと。眉間に皺を寄せて右隣の中国海警の船橋を睨みつけると
「やってきたのはそっちだ!よくも日本の領海で勝手なことを言えたもんだ。火事場泥棒め、恥を知れ!」
と低く鋭い声で言い放った。古川は礼儀正しい面しか知らない河田のその物言いに思わず目を丸くしてしまった。河田はそんな古川と目が合うと、口元を緩め
「まぁ、中国にはそんな言葉が無いのかもしれませんね。」
と自らの言葉を補い、船内マイクを握る。
「こちら河田だ、船外スピーカに切り替えてくれ」
ブチっという音の後、河田が試しにフッフッと息を吹きかける。ピーというハウリング音が一瞬入ったがすぐに止んだ。そのハウリング音に右隣の中国海警船の船員が目をこちらへ向ける。
「China Coast Guard!We are Japanese fishermen.Your ridiculous caution is negative! You are on Japanese territorial waters.Your behavior is criminal acts.So you must leave here immediately.(中国海警へ、こちらは日本国漁民である。あなた方の馬鹿げた警告を否定する。あなた方は日本の領海を航行している。あなた方の行為は犯罪行為である。あなた方は、ただちにこの場を立ち去らなければならない)」
河田は流暢だが力強い発音で2度繰り返した。この放送は、無線を通して他の4隻の漁船からも同時に船外スピーカーで流された。河田の船団からは「お~っ!」「帰れっ!」など罵声が中国海警船に投げ付けられた。それは、自他共に「河田艦隊」と呼ばれる「ネイビー(海軍軍人)」である以上英語は当然という風潮があるため、河田の放送を理解し、すぐに同調することが出来たのだった。これに対して中国海警の船員は、河田の船員が罵声を飛ばすまで静まり返っていた。一般の船員は河田が何を言っているのかが分からなかったらしい。
河田船団の船員の罵声は止まない。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹