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尖閣~防人の末裔たち

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再び上空が騒がしくなる。古川が上空を見ると海上保安庁のヘリコプターが、警告を再開した。先ほどとは文言が異なる。
日本の領海に侵入していることを日本語と英語で何度も繰り返している。なぜ河田のように強制的な言い方をしないのか。と、古川の心の中にもどかしさがこみ上げてくる。それでも古川はその様子を必死にカメラに納め、メモを取り続けている。
河田は、古川のその忙しそうな様子を確認すると、
河田はヘッドセットのマイク口元へ引き寄せて
「かかれっ!」
と短く命じた。
罵声が一瞬静かになったと思ったのも束の間、今度は堅い音を交えながら再び罵声が上がった。
その様子をファインダー越しに捉えた古川は、シャッターを切るとカメラを降ろして周囲を見渡す。
「なんてこった。。。」
古川は絶句した。
どこに用意していたのか、河田の船団の船員が手に手に大小様々な棒を持ち、船べりを叩きながら罵声を続けていたのだった。
「明らかに中国を威嚇している。」
しかも「動揺運動」は続けられているため、両者が急速に接近した際には、その棒が中国海警に届きそうな錯覚を覚える。中国海警の船員も最初は罵声を上げていたが、漁船が距離を詰めてくると恐怖のためか罵声のトーンが下がり、身を伏せたり物陰に隠れる者が多かった。そして5分ほど経つと、中国海警船の放送が何か号令らしきものを掛けると、デッキの船員は船内に引き返してしまった。

「おいおい、河田艦隊、激しいな~。」
浜田が感嘆の声を上げた。
河田の漁船団のランダムな動きに中国海警の船は、真っ直ぐ進むことしか出来ない。しかも速度も落ちてきている
「PL「はてるま」こちらMH「うみばと」該船の針路、魚釣島。横列の日本の漁船団の間に1隻ずつ割り込んでいる。現在日本漁船が増速、減速、取舵、面舵を不規則に実施している。該船は直進している。」
浜田が無線で状況を報告した。
「MH「うみばと」こちらPL「はてるま」了解。警告を一時中断し、状況を監視せよ。該船から漁船への警告の有無を確認せよ。」
「MH「うみばと」了解。」
浜田は交信を終えると、舌をチロっと出して
「聞こえるわけね~だろな~。警告なんてさ」
と言う
「どれだけ耳を澄ましてもエンジン音で聞こえませんよ。これ以上低く飛ぶのは危険ですし。。。ま、該船が直進しているので、我々もゆっくり直進すればいいだけですけなので、もう少し下げても大丈夫だとは思いますが。。。」
と会話を交わしていると
「MH「うみばと」こちらPL「はてるま」該船が領海に侵入した。警告を開始せよ。繰り返す。警告を開始せよ。」
河田が土屋に領海侵犯のテープを頼むと、土屋はすぐに再生ボタンを押した。既に領海侵犯警告用のテープをセットしていたのだった。
警告を再開して30秒程度経った頃、異変が起きた。漁船の船員が舷側を叩きながら何かを叫んでいる。中国海警のデッキに出ていた船員が一斉に船内に引き上げるのが見えた。
「あいつら棒なんか持ち出して何威嚇してんだ、危ないじゃないか、何考えてるんだ?中国も中国だな、ビビって引っ込んじまったぜ。」
浜田が皮肉った笑いを浮かべて昇護の方を見た。
「あっ、」
浜田の皮肉に気の利いた返事をしようとした昇護の顔が恐怖の色に染まる。全身の血がサーっと足元に引き、悪寒さえする。
「ん、なんだありゃ!」
浜田は、昇護の様子が急変したことに気付き、昇護の視線を辿ると、素っ頓狂な声を上げた。
中国海警の船のデッキに数名の船員がわらわらと駆け出してきた。両手で何かを持っている。あまりの唐突さにそれが何であるか一目見ただけでは理解できなかった。いや、理解したくないという本能がそうさせたのかもしれない。彼らが手にしていたのは、茶色い木製のストックとグリップの類を備え、銃身と機関部が黒光りしている。
「あれは。。。AKじゃないか?よくベトナム戦争ものの映画でベトコンが使ってる自動小銃だ。なんであんなもん持ち出してくるんだ?」
ミリタリーに多少興味を持っている機上通信士の磯原が興奮気味に声を上げた。
「何だって?やつら何をする気だ!」
浜田が声を荒げた。その目が中国海警の前部甲板に備え付けられた機関砲も漁船の方に向けられているのを発見した。危険だ。早く報告しなければ。浜田は無線の送信ボタンを押した。グローブの中の指が汗でじっとりしている。脇の下も汗でひんやりしていることに今更のように気付く
「PL「はてるま」こちらMH「うみばと」該船は、警告に応じず。漁船の動きは先ほどと変化ないが船員が棒のようなものを振り回している。該船は、船上に自動小銃で武装した船員出てきた。機関砲も漁船の方へ向けられている。危険な状態だ。」
普段は多少のことでも動じない浜田の声が震え気味になっている。
「MH「うみばと」こちらPL「はてるま」。停船命令を出せ。繰り返す。直ちに停船命令を出せ。当方、魚釣島東方領海内にあり。中国漁船が領海を侵犯中。上陸の恐れあり。申し訳ないが、そちらに船を回すことが出来ない。何とか抑えてくれ」
浜田は、深く溜息をつくと
「MH「うみばと」了解。何とかする。骨は拾ってくれよ。以上。」
と投げやりに無線に吹き込むとキャビンへ顔を向けて
「土屋、停船命令を流してくれ」
というと、真剣な眼差しで昇護を見、
「昇護、お前、横滑り得意だよな?」
と静かに言う。
「えっ?あ、はい。どちらかというと。ですが」
昇護が遠慮気味に答えた。
「謙遜すんな。今まで散々訓練したんだから大丈夫。自信をもて、あれよりは簡単だし。。。船団の目の前に出て横滑りさせながら飛行する。流石にうちらに船を当ててまでは航行しないだろう。」
浜田が苦笑を浮かべる。
機体の上に取り付けた大きなプロペラ状のローターが作り出す揚力で空に浮かぶヘリコプターは、滑走せずに真上に離陸することが出来るのが特徴だが、同様にローターの揚力の向きを変えることで前後左右自在に飛行することが可能なのだ。
「なるほど、横向きに様子を見ながら飛び、減速していけばいいわけですね。やってみましょう」
昇護は笑顔を向け、親指を立てる。笑顔が引きつっているのを自分でも気付いていた。怖いがこれしかない。

やつら、撃つ気か?
古川の全身に鳥肌が立つ。戦場で取材して以来の久々の感覚だ。
上空の海上保安庁のヘリコプターから停船命令が英語と中国語で流れる。古川の意に反して、両者とも停船する気は無いらしい。
古川は夢中でシャッターを切った。銃を構える中国海警の船員達、向けられた機関砲の砲塔、超低空を飛ぶ海上保安庁のヘリコプター、何が起こるか分からない一触触発の状況から、古川は、連続撮影モードに切り替える。秒間5コマの撮影速度。まるで機関銃のようにシャッターを切りまくる。河田はまだ止まる気が無いのだろうな。。。河田を一瞥する。古川の期待を他所に、傍らでは、停船命令など聞こえないかのような涼しい顔で河田がキーボードに何かを入力し、一瞬間が空いた後、力強く1回キーを叩いた。
溜息を吐きながら海上保安庁のヘリと船の両方が写るようにズームをやや引くいてシャッターを再び切り始めた時だった。
「タッ、タッ、タッ」
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹