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尖閣~防人の末裔たち

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「そんなに怖がらないでください。現に中国人も上陸したじゃないですか?香港人や台湾人と一緒にね。あれを日本人がやったらひとたまりもない、古川さんはそう思ったんじゃないですか?古川さんほど知識をお持ちの方でも、そう考えてしまうところが、日本人の国防に関する意識の問題なんだと思います。日本の領土だと言い張りながら、そこに立つことに怯えている。そうです。確かにそんなことをしたら、尖閣は、地形が変わるまで中国軍の攻撃を受けることになるでしょう。我が国から何の反撃も受けないままにね。
でも、安心してください。我々は尖閣には上陸しません。船で接近するだけです。その活動を軍事・防衛問題に詳しい古川さんに密着取材してほしいんです。」
田原は言い終えると背筋を伸ばし直してコーヒーカップを口に運んだ。
「他にこの話を打診している記者なり、新聞社はあるのですか?」
 身を乗り出して古川は聞いた。この話を逃したら勿体無い。
「いえ、他には声を掛けていません。権田さんですら、この内容を知りません。あなたに口止めをお願いしているように、この話が事前に他に漏洩すると、この計画自体を潰されかねません。尖閣に近づけなくなる。ですから計画を実行した後、古川さんにスクープとしてこの密着取材の内容を公表してもらいたいのです。既成事実となり、報道されれば、誰にも止められなくなる筈です。どうですか?我々の広報担当として協力して頂けませんか?」
田原はそう言って頭を下げた。
「頭を上げてください。お聞きしたいことがあります。なぜ計画が事前に知れると潰されるんですか?」
と、古川はズバリ聞いてみた。
「それは、つまり私たちのメンバー構成が特殊だからです。すみませんが、これ以上は引き受けていただけないと話せません。」
そういうと、眉間に皺を寄せつつ、口を真一文字に結んだ。この人は表情豊かだな、しかし顔に出やすいタイプなのか芝居なのか、とつい考えてしまうが、古川は、これは大仕事になる。と自分に言い聞かせると、不思議と(やってみたい)という好奇心が芽生えてきた。ならば、まずは条件だな。
「そうですか、では、別の質問をさせてください。どのような取材になりますか、期間、回数、私の行動・報道の自由、ケチな話になりますが、交通費とか。。。それとずっと独占取材にさせて頂けるか、ですね。」
古川は努めて明るい口調で質問を変えた。
田原も釣られて表情が明るくなる。
「あ、そうでしたね。条件も大事ですよね。期間は洋上で2~3日、回数は、はっきり決まっていなくて、現時点ではまだ数回としかお答えできません。古川さんの行動・報道の自由は保障します。但し、洋上では安全の問題上私達の指示に従っていただく場合がありますので、その点は御承知置きください。あ、交通費は、交通費、宿泊費、日当、まぁ食事代に毛の生えたようなものになりますが、その都度事前に振り込ませていただきます。もちろん独占取材です。ただ、先ほど自由と言いましたが、こちらの代表者のコメントも合わせて報道してもらうこともあるかもしれません。そういった広報官的なところもありますので、少しですが報酬を出させて頂きます。」
古川は、(こりゃあ、おいしい)と表情で悟られないようにしつつ思った。
「なるほど、手厚いんですね。こちらも助かります。代表者のコメントの件は了解しました。あくまで公正に扱います。宿泊費も出していただけるということは、出港するまでは単独行動で良いということですか?そうであれば、制限も少なくて安心して仕事に打ち込めます。」
 頷きながら聞いていた田原は我が意を得たりという笑みを浮かべながら古川の言葉を継いだ。
「そうです。我々と行動を共にしてもらうのは船の上だけで結構です。我々とずっと一緒では古川さんの他のお仕事にも御迷惑が掛かるでしょうから。連絡は、その都度私のほうからさせて頂きます。どうですか、受けてもらえますか?」
と穏やかだが、ハッキリとした口調で決断を迫ってくる。
「分かりました。密着同行取材、やらせて頂きます。」
と、古川は言いながら、右手を田原に差し出す。
その手をしっかり握って田原が
「よろしくお願いします。」
と深く頭を下げた。

 あれから3ヶ月、田原から?発の電話連絡とその数日後にチケットが古川に送られてきた。そして、更に1ヶ月たった今、まさに出港しようとしている。季節は変わり、気温が高く湿度も高いじめじめした夜だった。
 トラックの荷物が各漁船に積み込まれ、その青いトラックがディーゼル特有のエンジン始動時の振動が長年海風に曝された腐食のためかガタツキの多い荷台を揺する。荷物を降ろして軽くなった空の荷台は、長年連れ添ってきたエンジンに応えるかのような乾いた小気味良い音を立てる。青くて古いそのトラックは、排ガス規制により本土の主な街ではあまり感じられなくなったディーゼルの濃厚な排気臭を漁港独特の魚臭さの中に夜霧のように染み渡らせてその騒音の大きさの割にはゆっくりと走り去っていった。
 その後ほどなくして色も年式も不揃いな4台のマイクロバスが次々と船着場に集まってきた。雑然と停められたマイクロバスからまず降り立ったのは豊かな白髪を蓄えた細身で長身の男性だった。手狭なマイクロバスのドアから屈むようにして降りてきた彼は、地面に両足を付いて軽く深呼吸をして背筋を正したその姿はとても老人には見えない凛々しさがある。さすがは元海上自衛官だな、と古川は呟いた。現役時代は、古川達記者仲間のあいだでは「長官」と呼ばれていたその老人は、今では「先生」と呼ばれ、引退後は自ら立ち上げた「日本領土保全研究会」の活動で余生を過ごしていた。
 「先生」の名は河田 勇、65歳。最終階級は自衛官では最上級である海将で、自衛艦隊司令官を務めていた。自衛官の定年は任期制の士クラスを除き最低定年年齢が曹クラスの53歳であるのに対し海将は62歳。実に9年も長く自衛官を勤められるのである。それだけの重責を負うのはもちろん上層部から一般の隊員まで幅広い人望と職務能力そして判断力を問われる仕事でもある。人望や判断力とひとえに言っても専守防衛が基本で、政党によっては存在そのものが矛盾していると糾弾され、日本人に限らずどんな人間が見ても兵器にしか見えない装備、しかも専門家に言わせれば一流の兵器を運用していながら、設立後今に至るまで実に60年以上も自らを軍隊と呼ぶことをためらう集団でのそれは、命を惜しまず果敢に戦闘をすることではなく、「いかに相手に攻撃されるまで手を出さずに耐えるか。」という専守防衛の原則をフラストレーションを与えずに納得させるように末端の隊員にまで徹底できる人望と、そのような状況にならないように回避する判断力である。それだけに「先生」に対する人望も、海上自衛隊の内外でいまだに篤いといえる。
 「先生」は、常夜灯の下にいる古川を見つけると、悠々としつつも行進とまではいかないが規則正しい歩調で近づいてきた。
そして「先生」こと河田は、社交辞令的とまでは取れないもののそれ自体が挨拶のような軽やかな笑顔を向けて穏やかに声を掛けてきた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹