小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

尖閣~防人の末裔たち

INDEX|60ページ/214ページ|

次のページ前のページ
 

「でも、人間慣れっていうのかな、今はそれほどでもない。心配は心配だけど、子供が出来たせいもあるのかな。あの人にもしものことがあっても、あの人の分身と頑張って生きていける。何ていうか勇気っていうのとは違うんだけどさ。不安だらけってわけじゃないよ。それに普通の仕事してたって、死ぬ人は死ぬでしょ。あの人は、ファントム。あ、旦那の乗っている戦闘機の名前なんだけど、2人乗りだから、1人乗りの戦闘機よりは安全だって一生懸命私を安心させようとして言ってるけど。私にとっちゃどっちでも同じだけどね。」
広美は、笑顔で締めくくった。母は強し。とはこのことだろうか。美由紀は漠然と思った。自分も何とかなりそうだとも思えてくる。「そっかー。やっぱ心配はなくならないわよね。でも、そうだよね。何やってても死ぬときは死ぬんだもんね。何か安心した。付き合い始めた頃から一応覚悟はしてるし」
美由紀は、微笑んだ。
「じゃ、そうと決まったら、返事返事。早く電話しなよ、メールでもいいから。」
広美がさっきとは打って変わった悪戯っぽい目を向け、握った右手の親指と小指を立てて受話器に見立てて耳元に運んだ。
「待って、それだけじゃないの。ホントに返事が出来なかった理由。。。」
広美が黙って、美由紀を真っ直ぐに見つめた。数十秒の沈黙が流れた。広美は美由紀が答えるのを待つ気だ。自分からハッキリ聞かなきゃ。美由紀は意を決して口を開いた。
「仕事のことなんだ。広美だって、学生の頃から保育士になりたくてその夢を叶えたんでしょ。でも、結婚して旦那さんの移動に合わせてたら仕事できないじゃない。私は、やっとの思いで掴み取った教師という夢を捨てられない。。。」
語気が熱を帯びているのを美由紀自身も感じた。
「ちょっと待って。美由紀の夢、学校の先生だよね。じゃ、聞くけど美由紀の夢って、学校の先生として校長先生とか上の職位を目指すことなわけ?それとも、純粋に学校の先生として子供達に教えたいってことなの?どっちなの?それに私のことで言わせて貰えれば、私は掴んだ夢を諦めたことは無いよ。」」
美由紀はハッとした。私は、教師として最終的に何になりたいのだろう?自問した。
広美は更に言葉を続けた。
「私は、園児達と接して、教えること。それがホントの夢だって気付いたの。だから、非常勤や有期職員を転々として子供達に教えてるよ。そりゃあ、丸々1年教えられずに旦那が転勤になってしまうこともあるけど、人生何とでもなるって。」
その言葉に、美由紀は急に目の前が開けたような開放感を感じた。
-そうだ。私は、教師として、生徒達に何かを伝え、育んでいきたい。ただそれだけなんだ。
美由紀は気付いた。夢の本質に。
今、13時50分だった。店を出たら、せめて昇護にメールだけでも入れておこう。と思った。

 昇護はブリーフィングが終わると、時計を見た。13:55分。あと5分で出港だ。昇護は、胸のポケットから携帯電話を取り出すと、机の上に置いた。もう文鎮代わりにしかならない携帯電話。あ、でも目覚まし時計の代わりにはなるな。と自分に言い訳がましく心の中で弁明すると、携帯電話の電源を切るのを止めた。もしかしたらギリギリで美由紀からのメールが来るかもしれない。この期に及んでも僅かな期待を持つ自分を心のどこかで軽蔑しながらも。。。

 美由紀が決断し、相談が終わると、しんみりとしていた雰囲気は一転し、結婚したらどうするの?と半ば冷やかし合いの賑やかな会話になった。未来予想図にそんな取り止めも無く花を咲かせながら会話を楽しんでいた2人は、15時00分にランチタイムのドリンクバーが終了する前に店を出た。年頃の女性が、オーダーストップを店員に告げられては恥ずかしいからね。と、2人で申し合わせて14時30に店を出た。美由紀は、広美に礼を言うと。広美は、しっかりね。と手を振った。勿論逐一報告するように。と悪戯っぽい笑顔で美由紀に釘を刺すことは忘れなかった。
 美由紀は、愛車に乗り込むとすぐにエンジンをかけ、車を発進させた。真夏の午後の炎天下にさらされた室内は、一瞬呼吸に戸惑うほどの熱気だったが、すぐに空調が動き出してオーナーに心地よさを提供しようと頑張っていた。美由紀は急いだ、早く昇護に返事をしなければ、という理由の無い焦燥感に駆られた。でもいくら急いでいても譲れないことが1つだけあった。それは、あの場所でメールを打とう。という拘りだった。昇護がプロポーズしてくれたあの湖畔で。。。気持ちを落ち着けて、あの日の昇護の一言一言を思い出し、噛み締めながらメールを打とうと心に決めたのだった。国道355号線を下っていくと霞ヶ浦が右手に大きく広がっていた。あの日より強い日差しに、湖面がキラキラと瞬いているようだ。もう少しで着く。美由紀は時計を確認した。オーディオのデジタル時計は15時を示していた。
-昇護。ずっとあなたと一緒にいたい。
その想いよ。届け。美由紀はハンドルを握る手に力をこめた。

作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹