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尖閣~防人の末裔たち

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 船室に集まった「うみばと」のクルーは、これから向かう尖閣諸島での任務について基本的な行動基準と、想定されうる事態を煮詰め、その事態に対応する方法について最終確認のためのブリーフィングを行った。「うみどり」は、巡視船「ざおう」に搭載されている関係上、洋上での飛行がほとんどであるため、故障など、不測の事態により飛行が困難となった場合に着水の判断を行う基準と着水時の対処方法、役割分担も打合せた。「うみばと」は、中型ヘリコプターとしてバランスのとれた性能を持つベル212型で、最も燃費の良い速度である巡航速度103ノット(約190km/h)で実用航続距離412浬(約723km)である。このことから、基本的に目的地までの移動は巡航速度で行う。そして目的地に到着後は周辺の監視だけなら問題ないが、追尾・牽制を行うことが必要となる場合は、燃費が極端に悪くなる。そこで最大行動半径は134海里(250km)とすることとした。基本的には「ざおう」も尖閣諸島の当該海域で一緒に活動を行うため、燃料を心配する事態は発生しないと考えられていたが、万が一「ざおう」から離れた海域で任務を行う必要性が発生した場合に備えて、速やかに出動できるように今の段階でクルーが自主的に決めたのであった。
 そして、ブリーフィングの最後に、機長の浜田は、副操縦士の昇護、機上整備員の土屋、機上通信員の磯原の顔を順に見ながら
「正直言って、俺も何が起こるかは分からん。こんな緊張した海域に行ったことがあるものはこの船にはいないだろう。しかもヘリでの追尾も今回が。。。つまり俺たちが初めてだ。無理をしない、中国の挑発に乗らない、無事に帰る。ということを第一目標にしよう。そして日本人の命を優先する。領土としての尖閣はその次だ。巡視船「はてるま」の兼子船長が一時期マスコミや右翼に叩かれたが、俺は兼子船長の言葉が正しいと思っている、言い換えれば信念。だな。日本人の生命を第一に考えることが何よりも優先することだと考えている。しっかりと務めを果たして、全員無事に帰ろう!」
と締めくくった。

「は~、お腹イッパイ。じゃあ食後のデザートと行きますか。」 
 広美は、最後に残ったチキンソテーを慈しむように飲み込むとナイフとフォークを鉄板の両端に行儀良く並べて、紙ナプキンで口を拭きながら美由紀に微笑みながら言い、メニューを開いた。
 美由紀はひと足先にカレーを食べ終えて口を丁寧に拭い、水を飲んでいるところだった。
「えっ?もうデザート頼んじゃうの?」
美由紀は、半ば呆れたように聞き返した。
「だって、別腹でしょ、ベ・ツ・バ・ラ♪美由紀は何にするの?私はティラミス」
と言いながら、メニューを美由紀に差し出した。
「相変わらずね~。え~っと私は。。。」
美由紀は、慎重にメニューのカロリー表示を指でなぞりながら何にするか選んでいた。今日ぐらいは、、、という別の自分が誘惑する。
「美由紀も相変わらずね~。優柔不断。」
広美がからかう視線を向ける。
「あんたと違って、嫁入り前ですからね~。ガツガツ食べて太っちゃったら大変でしょ?」
昔と変わらず売り言葉に買い言葉のラリーが始まった。と思った美由紀だったが、
「嫁入り前ね~。そうそう昇護とはどうなったの?何か相談があるってそのことじゃないの?」
広美の確信を突いた言葉に、美由紀はメニューから顔を上げた。久々の広美との再会で楽しい昔話に花が咲き、
ーまた今度でいいかな。
と逃げかけていた自分が一気に追いつめられた。やはり、今日相談しよう。正直に
「うん、そうなんだ。実は先月、昇護にプロポーズされたの。。。」
美由紀は、たどたどしく白状した。
「やったじゃない!良かったね~。昇護って案外そういうとこ駄目そうだったから心配してたのよ。でも、なんでそんなに暗い話し方するの?もしかして断っちゃったとか?」
広美は、美由紀の答え方に元気がないのが気になった。
「あ、断ったとかじゃないんだけど。。。返事が出来なかった。。。」
美由紀は、溜息をつきながらメニューをテーブルの端に置いた。
「返事が出来なかった。か~。まあそりゃあ即答はムリだろうけどね。歯切れの悪い答え方しちゃうと昇護は振られたと思っちゃうかもよ。その辺、大丈夫なの?」
広美が心配そうに尋ねた。
美由紀は、俯いたまま、声を出そうとしない。
ふ~。っと息をつくと、広美は
「ま、とりあえずデザートを頼んじゃおうよ。話はいくらでも聞くからさ。でもデザートは美由紀の奢りよ。」
と、広美は明るい声を出した。わざとらしいけど、そんな広美に頼もしさと優しさを感じている自分もいた。
美由紀は思わず微笑みを漏らすと。再びメニューを手に取った。
-うん。今日はカロリーのことを考えるのは止めよう。
自分に言い聞かせると、美由紀は、レアチーズケーキを選んだ。
2人がドリンクバーで飲み物を選び、席に戻ると間もなくデザートが運ばれてきた。
「で、何てプロポーズされたの、あ、そんなことはどうでもイイか。気にはなるけどサ。で、あんた昇護に何て答えたの?」
広美は、ティラミスをひと口味わうと、早速話を切り出した。
「うん、それがね。。。」
美由紀は、答える素振りを見せながらも、まずはフォークで小さめにレアチーズケーキを切ると、口に運んだ。
そして言葉を続けた。
「もう少し考えさせてって言ったの。」
美由紀が言葉少なく答えた。
「えっ、何で?やっぱパイロットは心配だってこと?」
広美の声のトーンが落ちる。食事をしながらお互いの近況を話している中で、パイロットである夫の話しを面白可笑しく話していた時の声とは違っていた。
 広美の夫は、ここから車で40分程度の小美玉市にある航空自衛隊百里基地に所属する第302飛行隊の戦闘機パイロットをしている。第302飛行隊は、世界的には旧式となったF-4ファントム戦闘機に、日本独自の近代化改造を施したF-4EJ改を装備している。以前は沖縄県の那覇基地に配備されていたが、近年、中国、北朝鮮の脅威が増したことにより、沖縄近辺のいわゆる南西方面を強化するために、主力戦闘機F-15Jを装備し、首都圏防空の要であった百里基地の第204飛行隊と交替という形で数年前に百里基地に移動してきたのであった。この時に広美も夫について久々に那覇から茨城に帰ってきたのだった。
「うん、それもある。」
美由紀は申し訳なさそうに呟いた。
「ま、確かにパイロットを旦那に持つといつも心配してなきゃならない。って不安はあるかもね。私だって、旦那がフライトの日に、家に基地から電話が掛かってくると、電話に出るのが怖いときはある。事故の連絡じゃないかってね。」
そこまで静かに語ると、アイスコーヒーをひと口飲んだ。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹