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尖閣~防人の末裔たち

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慌てて受信時刻を確認すると15分前だった。やっぱり私の方が遅かったか~。「も~、広美は昔からせっかちなんだから。」と誰に言うでもなく小言を言うと、バックに携帯電話を仕舞ってドアを開けた。夏の熱い空気が一瞬で体中を包み、体中が汗ばむのを感じた。美由紀はバックを手に取ると、冷房の効いた店内に逃げ込むように足早に歩いた。
 自動ドアが開ききるのももどかしく、途中まで開いた自動ドアに半身をそらして店内に入るとレジの前の椅子には、2組の家族連れが順番を待っていた。
パステル調の大きな花柄が可愛らしいワンピースの制服を着た店員が笑顔を作って
「こちらに、お名前と人数をお書きになってお待ちください。30分ほどで御案内できると思います。」
と声を掛けてきた。
 30分待ちということは、食事が終わる頃には空きができるかな、そうすれば広美とゆっくりドリンクバーでお茶をしていても気兼ねすることはない。大丈夫。長話はできる。と店員の思惑とは全く別のことを考えていた美由紀は、
「いえ、先に友達が来てるようなので大丈夫です。」
と店員に返事をして軽く頭を下げた。
 顔を上げた美由紀がドリンクバーコーナーの方へ目を向けると、そこには懐かしい広美の顔があった。こちらへ向かって軽く手を振っている。美由紀も笑顔を浮かべて顔の横で小さく手を振った。
 テーブルの前に立つと、広美が飛び跳ねるように立ち上がって、両手で美由紀の手を握って大きく上下に動かしながら
「うわ~っ、美由紀久しぶりぃっ!変わんないわね~あんた。」
と言った。美由紀は周りの親子連れの視線を感じつつ、相変わらず大袈裟な広美に安心しながら
「あんたこそ変わらないわね~。元気そうで安心した。」
と美由紀は言うと2人は手を解いて席に座った。元気そう。というのは、美由紀の正直な気持ちだった。先日の電話でのしおらしい広美の言葉、そして結婚から出産、そして子育てへと、美由紀にとって未知の世界を突き進んできた広美がどんな女に変わったか、友人として心配であり、そして女として興味津々だった。
「もう注文したの?」
美由紀が悪戯っぽく聞いた。昔、同じようにレストランで美由紀と待ち合わせをしていて、空腹に耐え切れず美由紀が現れる前に食事を注文してしまったことがあった。美由紀が待ち合わせに遅刻していないにも関わらずに。この話は、広美が「せっかち」で「食いしん坊」である逸話として、その後も時々話題に挙がる2人にはお馴染みの出来事だった。
「はい、ちゃんと我慢しましたよ~。これでもおママなんだから。私。あ、でも食べたいものは決めたから、あんたも早く決めてね。」
広美がおどけた。やはり何だかんだ言っても広美は食いしん坊だな~。と思いながら
「ハイハイ、やっぱ変わんないね~。」
メニューを広げながら美由紀は微笑んだ。
「それにしてもあんた、ラフな格好してるわね。そんな男みたいな格好で昇護ガッカリしないの?」
メニューのパスタのページとカレーやピラフの載ったページを行ったり来たりして迷っている美由紀を見つめながら広美が言った。
「えっ、あんただって同じジャン。い~の、い~のどうせ昇護は遠い南の海の上だし。」
2人ともジーンズにTシャツ姿だった。確かに男性でも普通にする服装であった。あえて違いを指摘するとすれば、丸い襟元が大きく開いていることぐらいだ。それが白く細いうなじを強調し、わずかに女性らしさらしさを醸し出している程度だった。
「そんなこと言ってると、昇護に愛想つかされるよ。男って案外そういうとこ敏感なんだから。」
 軽く言い放った広美の言葉に、前回久々に会った時の昇護のがっかりした表情を思い出し、思わず口をきつく結んでしまった。一瞬笑顔が途絶えた美由紀の表情を見て、広美は言い過ぎた。と思ったらしい。美由紀が反撃してくる前に、
「あ、私はママだからね。今はお洒落なんてしてる余裕はないよ。」
とさらりと自分を卑下した。
 なんだか広美、丸くなったみたい。自分自身をけなすなんてコじゃなかったのに、大人になったな~。母親になるって、そこまで人間成長させるものなのだろうか。。。再会して15分にして美由紀は、広美を親友、そして同じ女というよりは、母親という名の人生の大先輩を見るような目になっていた。
 迷った末に、美由紀は横長の皿の中央に丸くライスが盛られ、2種類のカレーがライスの両端に掛けられた「2度おいしいカレーライス」を注文し、広美はハンバーグ、ソーセージ、チキンソテーが鉄板の上に並んだ「ミックスグリルハンバーグ」とライスを注文した。そんな広美に美由紀は
「えっ、そんなに食べられるの?」
と思わず目を丸くした。以前の広美は確かに食いしん坊の印象が強かったが、元々痩せ型の広美は食い意地は張っていても大食いと言うわけではなかった。目の前の広美は昔と変わらない体系だったので、なおさら美由紀は驚いた。
「い~のい~の。ど~せ全部オッパイになって出ちゃうんだからさ。それに、独りで外食なんて久しぶりなんだから。ナイフとフォークを使う料理をガッツリ食べたいわけよ。」
と言って広美は屈託のない笑顔を浮かべた。そういえば、中学時代に男子の間では貧乳と噂されていた広美の胸が今では人並み以上にボリュームのあることに今更ながら気付いた。
 その笑顔に昔と変わらない面影を感じた美由紀は、やっぱり母親になっても広美は広美ね。と妙な安心感を覚えると、周囲のレストラン独特の肉の焼ける芳ばしい香りにやっと嗅覚が気付いたといった感覚が引き金となり、一気に空腹を感じた。

 昇護は、浜田の後に続いて飛行甲板から格納庫を抜けてクルーの待つ船室へと向かっていた。途中すれ違う船員や、目に入った部署では、慌しく作業を行っており、ここ数日間停泊していたときの雰囲気と打って変わった緊張感が漂っていた。その変化が、これから長期間の航海に出発するという現実を次々と昇護に突きつけてきているようだった。もう平気だ。納得するように昇護は自分自身に言い聞かせた。昇護はもうイラつきはしなかった。浜田に諭された昇護は今までの昇護とは違っていた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹