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尖閣~防人の末裔たち

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「話が逸れてしまいましたね、どうも昔から飛行機が好きなもので、話が飛行機の方へいってしまいました。さて、このような中途半端な空母でも、あるのとないのは大違いなんですよね。戦前、大艦巨砲主義という巨大な艦に巨大な砲を搭載した戦艦が最強と言われていた時代、その戦艦での威圧を外交の切り札にするという砲艦外交というのがありましたが、今は空母が戦艦に取って代わっています。よくある例ですが、アメリカが緊張地域に空母機動部隊を派遣するだけで、相手国は軍事的にも政治的にも牽制されてしまいます。過去に中台関係が緊張する度にアメリカが空母機動部隊を台湾近海に展開させて演習という名の牽制をしてきたことは中国にとって長年の屈辱となっていたに違いありません。先ほど述べた垂直離着陸機ハリアーを運用できる空母は、イギリス、インド、イタリア、スペインなどで運用されていますが、飛行甲板が短くて済むためいずれも小型のいわゆる軽空母です。一方でアメリカのように通常の航空機を運用する空母は長い飛行甲板が必要となるため大型の空母が殆どです。このような空母を運用しているのは、アメリカ、ロシア、フランスのみでした。ここに空母の運用経験を持たない中国が名を連ねたということは、大きな意味があります。先ほど、カタパルトを持たないロシアの大型空母は中途半端だと申し上げましたが、通常の航空機を運用できる大型空母というインパクトは、アメリカの空母機動部隊並みなわけです。中国はこのインパクトで、アメリカと同様の海洋外交を進めようと考えているのではないかと私は考えています。いずれ中国海軍はアメリカ海軍と肩を並べようとしているのではないでしょうか。」
ひと呼吸おいて古川が言葉を終えたのを見届けてから、田原がゆっくりと口を開いた。
「尖閣での活動もその現われとお考えですか?」
 古川は大きく頷きながら
「そうですね。アメリカが安保を傘に含みを持たせた発言をして牽制をしているつもりでしょうが中国は一歩も引きませんね。やはり経済を握られているアメリカが大きく出られないのを中国は見抜いている。今は海洋監視船や漁業取締船を常駐させてあの海域で存在を世界にアピールしているのだと思いますが、同時に日本を煽っていると考えています。」
 古川はソファーから体を起こして太ももの上に置いた両肘、握り合わせた両手の上に顔を乗せて身を乗り出し静かにしかし真剣に自らの思いを語った。その時、古川のワイシャツの胸ポケットに煙草が入っているのが田原の目に入った。
 田原は、我が意を得たり、といった感じに深く頷きながら、テーブルの隅にあるクリスタル調の灰皿を古川の前に差し出した。
「さ、お吸いになるならどうぞお構いなく。日本を煽るというのは、穏やかではないですね。何が目的で煽っているとお考えですか?」
 と古川と同じ姿勢で身を乗り出して結論を引き出そうとする。
「ずばり、海上自衛隊を引き出そうとしていると思いませんか?」
 と言いながら古川は胸ポケットからラークを取出して、愛用のジッポで火を点け、深く煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
 いきなり質問を投げ掛けられ田原は面食らってしまった。田原としてはもっと古川の本音を探りたいところなのだ。
「海上自衛隊をなぜ引き出す必要があるのですか?」
 田原は聞き返した。
 古川は、よく話しを聞いてはくれるが、ここまで言っても質問してくる田原の理解力のなさに平和ボケした年配教師のイメージを重ねてしまい、多少苛立ちを感じつつ、その気持ちを抑えて教え子を諭すように口を開いた。
「中国海軍の優位を示すためです。尖閣が日本領であるのはアメリカも認める明らかな事実。中国はここまで来たら認めることの出来ない事実です。であるならば、国民も、世界も納得する正義でこの事実を崩すしかない。中国海軍よりも先に海上自衛隊をこの海域におびき出し、海上保安庁並みの装備しか持たない中国の海洋監視船や漁業取締船に危機一髪の事態を作り出したところに中国海軍が大挙して押し寄せ一触即発の状況にしつつ海上自衛隊を圧倒する。彼らは経済問題のため手を出せないアメリカを知っていると同時に、実力行使のできない自衛隊を知っています。これで国際世論で堂々と日本を非難し、中国の領有権主張をもう一度理解させるチャンスが出来、なおかつ中国海軍の強さをアピールできる。中国国民の士気もいやおうなしに上がりますよ。中国にとってはいいことずくめです。」
古川が言葉を切り、すっかり冷めたコーヒーを口につけると
「なるほど、そうですね。あ、新しく熱いコーヒーを貰いましょう」
と言って席を立った田原は、インターフォンでフロントを呼び出し、丁寧な口調でコーヒーの追加を依頼していた。
 そんな姿をぼんやりと眺めていた古川は、すっかり相手のペースに載せられて喋りまくってしまったが、自分には、まだ田原の素性すら知らされていないことに今更ながら気付いた。
 ソファーに戻りながら、田原はスーツの内ポケットから、ショートホープを取出し、100円ライターで火を点けた。
「お、田原さんもお吸いになるんですね。ショッポですか、渋いですね」
と古川が田原も喫煙者と知って、安心したように言った。
「古川さんこそ、赤ラークとは、お強いですな。」
 と田原は返した。
 二人が煙草の火を揉み消した頃に部屋にチャイムが鳴った。田原がドアを開け、コーヒーを受け取った。
「さすがは権田さんが紹介してくださった方だけのことはある。とても的確な御意見だと思います。私たちが同行取材をお願いするのに適任です。」
 飲み干したコーヒーカップを下げながら、テーブルに新しいコーヒーを並べる田原は安堵の表情を浮かべた。
「やっと仕事のお話に入れるという訳ですね。すっかり話しに夢中になってしまいました。同行取材ですか?」
と、古川が嫌味と捉えられないようにあくまで爽やかな口調で返した。
ソファーに浅く背筋を伸ばして腰掛けた田原が改まった口調で切り出す。
「そうです。同行取材です。我々の活動を独占取材して頂きます。但し、お願いがあります。この件をお受けになる、お受けにならないに関わらず、口外無用であることをお約束頂けますか?」
脅すというよりは懇願ということが田原の困惑した目元から伝わってくる。
「もちろんです。田原さん安心してください。ただ、お話を伺ったのにお受けしなかった場合、どこぞやの海に沈めるなんてことはなさらないですよね。」
 古川は、どこまでこの話を聞いたら受ける、受けないの線引きが出来るか、出来れば断っても問題ない程度の情報で受ける受けないの判断をしたかった。どんな話かまだ分からないが、聞き過ぎて後戻りが出来ないような話はマズい。これで田原にも、受ける受けないを判断するまでは必要以上の情報を示すべきでないということが伝わっただろう。
 それにしても田原のような老紳士がそんなに危険な仕事をしようとしているようには思えないが。。。
田原は、一瞬眉間に皺を寄せたが、本人は精一杯はにかんだような笑顔を作っているのが分かる強張った笑顔で
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹