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尖閣~防人の末裔たち

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 こんなホテルに泊まれるほどの売れっ子にはなれんだろうな、と思わず古川はひとり苦笑い浮かべた。ロビーに入ってきた古川を見ると大きなソファーにもたれ掛かるでもなく、浅目に腰掛けた太股の上に両手を揃えて背筋をピンと伸ばしていた白髪頭の初老の男性がすっと立ち上がり、古川に向けて深い会釈をした。ピンと伸ばした背筋に深い会釈、まるで軍隊の最敬礼だな、と思いながら古川は軽く会釈を返した。
 その男性は、古川に近づくと、再度頭を下げて、
「田原と申します。先日はお電話で失礼致しました。本来ならばこちらからお伺いすべきと頃ですが、事情が事情ですので、こうしてお呼び立てすることになり、恐縮です。」
と小声で言った。
古川も声を潜めて
「いえいえ、私もそうとは知らず、電話口であれこれと詮索してしまい、申し訳ありませんでした。今日はよろしくお願い致します。」
と返した。
「いや、お気になさらないでください。あのように頑なに「言えません、お会いしたときに」という事を連呼されれば誰でも心配になりますよ。お恥ずかしい限りです。では、打合せのための部屋を用意しているので、ご案内します。」
軽く苦笑いを浮かべた田原は、すぐに表情を引き締めてついてくるように促した。
 田原に続いて踵が沈み込む感覚を受ける厚い絨毯の敷かれた廊下を歩き、木目調のパネルの壁面と、ステンレスの地肌にエッチングで細かい模様を刻み込んだドアで高級感と落ち着きを表現したエレベーターに乗り込む。古川が乗り込むと、田原は他の客に乗り込まれるのを拒むかのように7階を押して即座に戸閉ボタンを押した。落ち着いた雰囲気を醸し出す田原の落ち着きの無い挙動、その田原の行動一つひとつに古川は、これから明かされる仕事の危険度が高まっていくのを感じずにはいられなかった。
 エレベーターを降りてすぐの部屋が田原が用意した部屋だった。エレベーターを降りると廊下をさっと見渡してからそそくさと部屋のドアを開けて古川を部屋に通すその実は目立つ行動を見て、こういった行動に田原は不慣れなのだと古川は気付き、古川は田原に悟られぬように小さな安堵の息を吐いた。今回の仕事の話がたとえ大きな話でも、この素人集団に万が一にも俺が消される話にはならなそうだ。と、古川は感じたのだった。
 部屋に入ると、4人用だが広く場所をとった応接セットがあり、古川はそこに座るように勧められた。
「お飲み物はいかがですか?コーヒーですか?紅茶ですか?」
そう聞く田原の言葉といい、この部屋に来るまでの行動といい、落ち着いた雰囲気には遠く及ばぬ落ち着きのなさだ。やはりヤバイ話なのか?古川はまた不安になる。ま、お互い落ち着く必要がありそうだな。と古川は考え
「それじゃ、コーヒーを頂けますか?」
と答えた。
「あ、私もそうさせて頂きます。コーヒーって何だか気持ちがほっとしますよね。」
と半ば自分に言い聞かせるように呟いた田原は、部屋に備え付きのインターホンを使ってフロントに飲み物を注文すると、田原は一言、失礼します。と会釈してから古川の向かい側に浅く腰を降ろした。
 ここのところの天気の様子、今年は雪が多いこと云々、他愛も無いことを田原が言っている間にドアのチャイムが鳴った。田原は「失礼」と言いながらそそくさとドアを開けてコーヒーの入ったトレーを受け取り、ドアを閉じた。
 田原は、古川の前にコーヒーを置き、自分の前にもコーヒーを置いてソファーに腰をかけると
「さ、どうぞ、熱いうちに頂きましょうか」
と古川に勧め、自分もひとすすりした。
「頂きます。」
と古川もひと口飲む。
 古川がカップを置いたと同時に田原は身を乗り出すように
「古川さんは、軍事関係にお詳しいと聞きましたが中国海軍をどう思いますか?」
と切り出した。ソファーに浅く腰掛けていただけに田原が迫ってくるような圧迫感を受け古川は反射的に身を引きつつ、ありきたりな質問に内心ほっとした。
「中国海軍は、急速に近代化、増強を進めていますね。近代化は、技術の進歩によりここ数年各国でも行われていますが、増強については、独特ですね。背景には中国政府の海洋政策があることは周知の通りですが、ただの増加ではなく、これまで以上に警戒しなければならないと考えています。海軍の増強は、総トン数を増やし、すなわち隻数を増やすことで艦隊を増強するのですが一般的で、これは勿論中国海軍も行っていることなのですが、明らかに異常なのが空母の配備です。中国海軍が最近就航させた空母遼寧は旧ソビエトが開発した空母のうち未完成のヴァリャーグを買い取り、中国で仕上げたという空母です。空母としては、固定翼、あ~、ヘリとか垂直に離着陸できる機体ではなくて普通のジェット戦闘機の類ですね。これらを運用する空母としては、旧ソビエトでも初の空母だったため、紆余曲折あり、性能の高い空母とはいえません。例えば、空母は航空機にとっての滑走路となる飛行甲板が短いため、発艦つまり離陸する航空機はその短い距離で離陸できる速度まで加速する必要があります。このため、アメリカ、フランスではカタパルトでいわば打出すようにして発進させています。そのカタパルトは蒸気で動かしています。
 一方でカタパルトの無い空母に多く見られるのは、飛行甲板が先端に行くほどせり上がっていくいわゆるスキージャンプ式飛行甲板があります。この方式を編み出したのはイギリス海軍で、航空機はこの上り坂になった飛行甲板を駆け上り、まさにジャンプするかのように発艦します。そもそも、イギリスには、イギリスが独自に開発した垂直離着陸機、すなわちヘリのように真上に上昇でき、真下に降下できるハリアーというジェット戦闘機があります。このハリアーが重装備で離陸する場合には、垂直には離陸するほどのパワーを得られないので、少し滑走して揚力をつけて離陸する短距離離陸を行います。これを空母でやる場合に有効なのがスキージャンプ式なのです。ロシア式もちろんそのお下がりを買い取った中国もそうですが、カタパルトが無いため、スホーイ戦闘機など、通常の戦闘機を発艦させるのにスキージャンプ台を使用しています。多少改造はされているようですが、所詮普通の飛行機です。先ほどのハリアーとは逆に、スキージャンプ台を使用して普通の航空機を飛ばすためには離陸する重量を小さく、すなわち武装を減らすか、燃料を減らすしかないんですよ。これは、空母があっても航空打撃力と行動半径が著しく小さいということになり、せっかく通常の戦闘機を空母から運用している意味が無くなってしまうんですよね。先ほど申し上げたイギリスのハリアーが通常の戦闘機に対して劣るのは、速度、武装搭載量、行動半径なのですから。」
古川は、ここまで一気に話すと、一旦話を区切って冷めて飲み易くなったコーヒーをひとすすりした。話題が中国海軍の空母に集中してきてしまい、自分の飛行機好きが前面に出てしまったようで、気恥ずかしくなった。説明したいのは気になる中国海軍の動きだったのだが、久々に話が逸れてしまった。何よりも、田原は深く頷いたり、「なるほど」と呟きながら話を聞いてくれるので話しやすいというのがあるのかもしれない。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹