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尖閣~防人の末裔たち

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 建物から出ると、午後の日差しに暑さは増している感じがした。盆地の夏の暑さは別格だ。
 再び昇護がハンドルを握り、車を走らせた。
水田や畑が広がる直線の多い道をしばらく走ると、昔は丘陵地帯だったことを思わせる緩やかな上り下りやカーブの多い道へ続く。今は石岡市になっているが、市町村合併前は八郷町と石岡市の境目付近だったその丘陵地帯を抜けると合併前でいうところの石岡市に入る。突然平地に真っ直ぐで幅の広い道が出現し、送電線の大きな鉄塔が並んだ光景が出現する。柏原工業団地であった。製缶工場や、電線工場、など様々な工場が規則正しく並んでいた。所々にある巨大な空き地は、工場が撤退した跡に違いない。

2人は、途中のコンビニに立ち寄り、昇護はブラックの缶コーヒーを、美由紀はストレートティーを買った。スコーンのお供にするためだ。勿論、スコーンをご馳走になる昇護の奢りだ。
スコーンを食べながらドライブを続けた。工業団地から続く道は、石岡市の中心部を避けるように設けられ、幹線道路である国道6号線を横切り、さらに進むと国道355号線に至る。2人は国道355号線に入ると、まもなく小美玉市に入った。小美玉市は、やはり市町村合併により生まれた市で、小川町、美野里町、玉里村が合併して誕生した。それぞれの頭文字を取って小美玉市とした点は、石岡市と合併して消滅した八郷町よりは、幾分マシであった。2人が走っているところは、小美玉市の中でもかつては霞ヶ浦沿いに存在した玉里村だった地域である。2人は国道から県道に入る。畑や森を抜けると目の前に長い堤防が横たわっていた。堤防の上を走る細い道路に登り、さらに車を走らせると、ほどなく丁度路肩に空いたスペースを見つけて車を止めた。車を降りた2人は湖面を見つめる。昼よりは多少傾いてきたが、まだまだ強い日差しが、湖面にギラギラと反射し、眩しい位だった。この辺の夕焼けの景色は、広い湖面に反射する柔らかい夕日と遠くに見える山、そしてはるか対岸に霞む土浦市の町並みと融合し、絶景だったが、まだ時間が早すぎたようだ。
「いい景色ね。。。」
手のひらを水平にし、額にあてて日よけ代わりにしながら、美由紀が静かに呟いた。
「うん、なんか広い景色だね。それでいて、向こう岸や、山まで見える。同じ広い景色でも海とは大違いだね。夕焼けだともっと綺麗なんだろうけど、今日は時間が。。。ゴメンね。」
昇護は謝った。
「ううん、こういう場所に来れただけでも良かったよ。」
と美由紀は微笑むと昇護の手を軽く握った。
2人はしばらく無言で景色を眺めていた。2、3分のことだろうがその静寂が2人の距離を遠ざけてしまうような焦りを昇護は感じていた。このまま帰ってしまっては、いけない。しっかりと繋ぎ止めたい。

「美由紀。結婚してくれないか?」
いろいろなプロポーズの言葉を考えてきた昇護だったが、結局このひと言を言うのが精一杯だった。
「。。。。。」
美由紀は、細い目を、めいいっぱい大きく見開き、驚いたように昇護を見上げる。昇護と目が合うと避けるように俯いてしまった。
美由紀は昇護の手を離さず、2人は手を握ったままだったが、無言状態が続いた。1秒1秒が永遠のように長く昇護には感じられた。
昇護はたまらず言葉を追加した。何とか返事を貰いたい一心で。。。
「俺の仕事場は、空と海だ。事故の心配もあると思う。しかも海上保安官って海の警察官だから、そういう危険に対しての心配もあると思う。でも、俺は約束する。絶対に死なない。美由紀と家族のために。。。そして守る。美由紀と家族とこの日本を。。。」
 美由紀は俯いたまま小さく何度か頷いた。良かった。俺の言いたいことは聞いてくれている。昇護は少し安心した。
しかし、また沈黙が続く。。。これは駄目だということか?やはり学校が心配なのか?苦労して夢叶った。小学校教員。俺だって叶った夢を捨てたくは無い。
昇護は問いかけるようにゆっくりと語りかけた。
「小学校教員の仕事は美由紀の夢だったもんな。その仕事は絶対に続けてもらいたい。でも、俺は転勤が多いだろうから苦労を掛けることが多いかもしれないな。」

気がつくと俯いたままの美由紀の頬に一条の涙が流れていた。
「ごめん。担任してるクラスの子達の顔が浮かんできちゃって。。。今は返事ができない。。。でもすごく嬉しいよ。私の仕事のことまで考えていてくれて。。。私も昇護のこと好き。。。でも今は答えられない。。。。ホントに。。。ゴメンね。」
美由紀は昇護と向かい合うように体の向きを変えると、涙も拭わずに途切れ途切れに答えた。
昇護は、そんな美由紀に愛おしさが募り、自然に抱きしめていた。右手で頭を優しく撫でながら
「ゴメンね。苦しませて。。。答えは急がないから。。。ただ、俺の気持ちだけは分かってくれ。」
と言った。
「うん。。。」
美由紀は、暑さも忘れ、昇護の腕の中で小さな声を上げて子供のように泣きじゃくった。

美由紀が泣き止んだところで昇護は、
「行こうか。」
と美由紀に言った。努めて普段通りの声で。
2人は車に乗り込む。今度は美由紀が運転する。石岡駅で昇護を降ろすためだ。

もう間もなくまた離れ離れになる。普段通りの別れ方が出来なかったら。次は無いかもしれない。
プロポーズをしてしまった以上、美由紀に結婚する気が無い場合は、美由紀にとって昇護は、結婚をせまる人生の敵。でしかない。たとえ今後、結婚の話を出さなくても。結婚することを前提で美由紀に接してくる鬱陶しい存在でしかなくなる。疎遠になるのは確実だ。もし「やっぱり結婚は考えられない。」という答えが返ってくれば、昇護は恋人という存在ではいられなくなるだろう。
 だから、普段通りの別れ方をしたい。「またね。」と言って、次に再会するのを楽しみにしているような挨拶で別れたい。
日の傾きが増し、幾分優しくなった湖面の輝きを車窓から眺めながら、昇護は

石岡駅まで、2人の間には沈黙が流れた。石岡駅前の狭いロータリーの内側にある送迎用の駐車場が運良く空いていた。
「それじゃ、今日はありがとう。」
と運転席の美由紀の方を向き、昇護は精一杯の笑顔を作る。
「えっ、電車まであと20分あるんじゃない?」
と美由紀は訝しがる。
「うん、でもこの駅の風景を目に焼き付けておきたいから。。。」
半分本当で、半分嘘だった。これ以上の沈黙は耐えられないし、美由紀からハッキリと結婚を拒否されるかもしれないという恐怖感もあった。気の利いた言葉も会話も浮かばない。そして、この駅と周辺を目に焼き付けたかった。こうして美由紀に送ってもらうのはこれが最後かもしれないから。。。
「そっか~。分かった。今日はありがとう。気をつけてね。」
美由紀は笑顔で言った。その笑顔は無理に作ったものであることを昇護は見抜いていた。気まずくなったかもしれない。
 昇護は車を降りて、後ろのスライドドアを開けると、バックとクルーへの土産を持って、運転席の美由紀に、
「じゃ、気をつけて」
と言ってスライドドアを閉めた。
駅舎へ向かって歩き出した昇護は、振り返って美由紀に手を振る。美由紀も運転席から手を振っていた。
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹