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尖閣~防人の末裔たち

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筑波山などで採石される御影石は有名で、古くから石材を主要産業としてきた真壁に入るあたりから石材店が多くなり、様々な自慢のモニュメントで通りが賑やかになる。昇護たちは、観音像からアニメのキャラクター、ヒーローものまで多岐にわたる石のモニュメントに会話を弾ませながら真壁町の山沿いを通り東へ方向を変えて、上曽峠に入った。エコモードをオフにした美由紀のNBOXは、これが軽自動車?とハンドルを握る昇護が驚くほどグイグイと峠道を登っていく、途中で上曽峠から分岐した道に入る。人通りが殆どないためか、所々雑草や、木の枝が道路に出ていたが、右手に谷を見ながら山の中腹に沿って走るこの道路は、比較的平坦でのんびり景色を眺めながら走ることが出来た。なだらかだが山の膨らみにそって連続したカーブを過ぎると、左手の山側にある猿芸で有名な公園を過ぎたあたりで道が細くなり、2つ分岐する。分岐する手前には駐車場の入り口がある。昇護は速度を落とすとこの駐車場に車を止めた。そこは、峰寺山「西光院」という寺だった。車を降りた2人は、駐車場の奥へと進んで歩いて行った。人気が無いことを確認すると美由紀は昇護の腕に絡み付いてみた。おっ、と立ち止まり照れる昇護を美由紀は上目遣いに笑顔で見つめると、再び歩き出した。境内を支える何本もの柱が、かなり下の岩場から伸びているのを横目に、昇護と美由紀はスリッパに履き替えて境内に上がって行く。「おぉ~」、「すご~い」2人は吐いた言葉こそ違うが心には同じ種類の感動を受けていた。2人の眼下には、筑波山を中心とした山々に囲まれた八郷盆地が広がる。明るい緑の絨毯のように均等に張り詰められた水田に濃い緑の森があちこちに散りばめられている。そして、遠くには、霞ヶ浦の湖面が霞んで見える。この「西光院」は、その構造と景色の良さから関東の清水寺といわれ多くの人に親しまれてきたところであった。
ひとしきり、遠くに見える場所について指差しながら話をすると、
「お昼を食べたら、あの霞ヶ浦にでも行ってみようか」
と言って、また決断を先延ばしにしてしまった。久々で会話が弾んだこともあり、なかなかプロポーズするチャンスに恵まれない。結構難しいもんだな。と、昇護は次第に焦ってきた。
2人は車に戻ると、先ほどの細い道の分岐点から細い道を下っていった。

八郷盆地へ向かってなだらかに降りていく細い道は、アスファルトではなく、もともと林道であったことを思わせるコンクリートで固められただけの粗い路面だった。密集した木々がトンネルを作り、夏の日差しから通行する者に優しい日陰を提供してくれている。時おり木々が途切れて視界が開けると、すぐ下に田園風景が迫る。その景色に出会う度に昇護は車を減速させて、2人は景色を楽しみながら緑のトンネルを下っていった。

峰寺山を下ってきた2人は、麓にある温泉施設「湯の郷」に立ち寄った。長い船での生活のため、広い風呂に浸かりたいという昇護の要望を取り入れたものだった。
昼を少し回っていたので、2人は昼食を先にとることにした。「湯の郷」内には、地元の特産品をふんだんに使ったメニューを取り揃えたレストランがあり、メニューの幅広さと味の良さも手伝ってちょっとした人気のレストランだった。運良く空席があったため、2人は待つことなく昼食にありつくことができた。
昇護は、地元茨城県が誇るローズポークの豚カツ定食、美由紀は、地元農協が力を入れている地鶏をふんだんに使った八郷地鶏のカレーライスを注文した。それぞれの料理がテーブルにに揃ってから、いただきます。と言って食べ始まった。
「うん、美味い。ほ~らカツカレー」
と言いながら、昇護が豚カツをひと切れ美由紀のライスの上に置いた。
美由紀は、そのまま1口食べると、
「おいし~。」
と言って、残りをカレーに浸してから口に運んだ。
「わ~。カツカレーも美味しい。ほら、昇護も。」
といって、昇護に豚カツをカレーに浸すように進めた。
昇護は、美由紀と同じように豚カツをカレーに潜らすと、一気に口に頬張った。
「うわ、ホントだっ、ウマイ」
と口にご飯を投入した。
美由紀は、
「地鶏も美味しいよ~。」
と言って、昇護の皿にカレーにまみれた地鶏を置いた。
「ありがとう。ウマイね~。」
2人は久々の2人きりの食事を心から楽しんだ。

食休みがてらに、2人は地元農協が「湯の郷」で営業している直売所で、品定めをしていた。地元の特産品、土産物や、地元の人々が持ち込んだ野菜、漬け物、お菓子から、パン、赤飯など、小さい店舗ながら、所狭しと置かれた商品で賑やかだった。昇護は、ジャムの詰め合わせを「うみばと」のクルーに買っていくことにした。これで少しは船内の朝食がパンの時も楽しく食べれるだろうな、とクルーの様子を想像した。
美由紀は、シフォンケーキとスコーンのどちらにするかしばらく迷っていたが、結局両方買うことに決めたらしい。

館内に戻った2人は、男湯、女湯にそれぞれ別れた。昇護は、早速体を洗うと、屋内の広い浴槽につかり、たっぷりの温泉を満喫すると露天風呂に出た。見上げると夏の濃い緑色が迫るように青空に向かってそびえる様が、ここが山の麓であることを旅人に語りかけているかのようだった。裸でその景色を見上げていると森林浴をしているような気分にもなる。温泉と森林浴に体の芯まで癒され、雄大な山は、心を元気づけてくれているような気持ちになる。昇護は、すぐに体が温まり、長風呂は出来ない質だったが、久々にのんびり風呂に入れる開放感も手伝って、屋内風呂と露天風呂を2往復した。

 昇護は風呂を上がると畳の休憩所で、涼んでいた。大きなテレビを見ていたが、心はうわの空だった。
 20分ほどして美由紀が休憩所に入ってきた。うっすらと水気の残る髪が色っぽい。昇護は次は温泉旅行に行きたいな。と思ってしまった。もちろん今日のプロポーズがうまく行けばの話だが、プロポーズで良い答えをもらえなければ、最悪の場合、こうして会うことすら出来なくなるかもしれない。それを思うと、昇護は自分の胸の鼓動が大きくなるのを感じた。神頼みというのはこういうことなのかもしれない。あんなに自信家に見える機長の浜田さんが御守りを持っていたというのもなんとなく分かる気がしてきた。夕方にはまた当分離れ離れになってしまう。なんとか成功させたい。
「どうしたの?大丈夫?」
と美由紀が昇護の顔を覗き込む。
「ん、ああ、ちょっと、、、のぼせちゃったみたいだ。」
昇護は、苦笑交じりに答えた。考え込んでいた自分の顔は美由紀には体調が悪いように見えたのかもしれない。気をつけなければ。。。と<昇護は、努めて笑顔を作った。

美由紀が休憩している間に、昇護は先ほどのレストランでソフトクリームを2つ買ってきて1つを美由紀に渡した。
「ありがと~。やっぱこれがいちばんね。」
と美由紀は嬉しそうに食べ始めた。
昇護も、
「ん~。生き返る~」
と笑って見せた。
ソフトクリームを食べ終えた2人は、売店に立ち寄り、下見して決めていた商品を買った。
「スコーンはおやつにしようね。」
美由紀がニッコリ微笑む。
 
作品名:尖閣~防人の末裔たち 作家名:篠塚飛樹